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まるで内緒のキスみたい
  • マルスと夢主が交際しています(シーダの存在について作中で一切言及していません)。
  • スマブラの設定を借りて現パロしていると考えながら読むのがいいと思います。
  • ファイター達の住居について、同居とも別居とも取れる表現をしています。
  • ピアッシングは医療行為です。また、この作品はフィクションです。この作品の真似をしないでください。

「あれ、お前ってピアスしてたっけ?」

 後ろから聞こえた男性ファイターの声にどきんと心臓が小さく跳ねた。乱闘の後、各々の控室へと戻る地下通路を四人で歩いて戻っていく道中でのことだった。振り返った私は耳元に手を添え、にっこり笑って答える。

「うん。最近開けたんだ」
「そうだったの? 気付かなかったわ」

 隣を歩いていた別の女性ファイターが話に乗ってきた。彼女はちらりと私の耳を覗くと、私の小さな金色のピアスを「まあ、素敵」と褒めてくれた。

「ここのファイターもピアス開けてる人結構多いわよね。誰かに開けてもらったの?」
「ううん。自分で開けたよ」
「すげえな、痛くなかったか?」
「そりゃ痛いよ! でも吹っ飛ばされるときに比べたら楽勝」
「あはは! 確かにそうかも」

 わはは、と全員の笑い声が地下通路に響いた。私は皆の中で笑顔を浮かべながら、嘘ついちゃったなぁとぼんやり考えていた。

 私の耳に穴を開けたのは私ではない。数日前、恋人であるマルスが、私の耳に針を刺して開けてくれたのだ。


 乱闘の予定がお互いに無い、お休みの日のことだった。他のファイター達に内緒で交際している私達は、時々お休みの日に会うことになっている。お互いの部屋に遊びに行ったり時には外へ出かけたりもするけど、その日はマルスが私の部屋に遊びに来る日だった。
 部屋で遊ぶ日は二人分のお茶を淹れて、時々啜りながらお互い本を読んだりテレビを観たりする。外に遊びに出かけるのももちろん好きだけど、こうしてのんびりと二人の時間を過ごすのも私は好きだった。そしてそれはきっと彼も同じだと思う。
 その日も私がぼーっとソファでテレビを眺めていると、画面の下にエンドロールが流れ始めた。それまで観ていた番組が終わってしまったのだ。次はさして興味も湧かないような番組だったので、観なくてもいいかとテレビを消した。まだ太陽は高く、昼下がりの時間帯だ。
 リモコンを置いて隣で座る彼に目を遣ると、彼の耳がきらりと光った。よく見ると、銀色のピアスが着いている。乱闘のときに着けているのを見たことがなかったので、きっと今日のために着けてきてくれたのだろう。そう思うとなんだか嬉しくて、読書をしていた彼に話し掛けた。

「マルス、そのピアスかわいいね」

 私に話し掛けられ本を閉じた彼は、指先をピアスにそっと沿わせた。ピアスが耳元で動いてちかちかと瞬く。

「ありがとう。ぼくも気に入ってるんだ、このピアス」
「自分で買ったの?」
「ううん。姉上がプレゼントしてくれたんだ」
「そうなんだ……」

 彼のピアスは男性らしくやや縦長なデザインだ。主張しすぎず小ぶりなサイズだけど、でもその輝きには静かな上品さがある。なるほど確かに王族らしい素敵なものだなと思った。彼は自分の耳に遣っていた手から視線を戻すと、私に尋ねてきた。

「君はピアス開けてたっけ?」
「ううん。でも、開けたいなと思ってピアッサーだけは買ってる……」

 前々からピアスに憧れはあった。小さく輝くだけのものから大きなモチーフのものまで、耳飾りは色んな種類のものがあって可愛い。でもファイターとして活動させてもらっている以上、耳に挟むだけのイヤリングは着けることができなかったのだ。
 いつかピアスは開けたいなと思っていたのだけど、やっぱり自分の体に穴を開けるということに少なからず抵抗があった。普段ファイターとして皆と殴り合いの乱闘をしている癖に自分の耳に穴一つ開けるのには怯えるのか、なんて思われそうで(全て事実だけど)、ピアスを開ける準備だけはしてることを言うのは少し恥ずかしかった。

「いつ開けるかは決めてるの?」
「うーん、特に決めてないんだよね。ただやっぱり怖くて……」
「じゃあ、ぼくが開けてあげようか?」
「いいの!?」

 突然の提案に、大きな声を上げて驚いてしまった。そうか、自分で開けるのが怖いのなら他の人に開けてもらえばいいんだ。思い付きもしなかった発想に、新しい道がさぁーっと開いたような気がした。

「うん。姉上がぼくにピアスをくださったみたいに、ぼくも君にピアスをプレゼントできたら素敵だと思う」

 そう言って小さく微笑むマルスの顔は、もう既になんだか嬉しそうだった。でも私も彼からピアスをプレゼントされるところを想像すると、えへへと気の抜けた笑いが漏れてしまう。

「じゃあ……お願いしたいです」
「分かった。ファースト用のピアスは持ってる?」
「あ、まだ買ってないや」
「じゃあ、ぼくの部屋に新品のピアスがあるからついでにあげるよ」
「え、いいの?」
「うん。せっかく初めてなんだし、プレゼントするね」

 そう言うと彼は立ち上がり、自分の部屋にそれらを取りに行った。
 さ……早速ピアスのプレゼントが叶いそう!! ピアスの穴を開けてもらえる上に彼からプレゼントまで貰えるなんて、まさに至れり尽くせりだ。一人残された私はなんだかドキドキして、部屋の中をぐるぐる歩き回ったり『恋人 ピアス お揃い』なんてワードで検索したりして気を紛らわせていた。
 彼の部屋はそう遠くない距離にある。私が一人で部屋を歩き回っていると再びドアが開き、この浮わついた私の姿を目撃されることになってしまった。
◆ ◆ ◆

「じゃあ、開けようか」
「はい……!」

 開けるための準備を終え、覚悟を決め正座で待つ私の隣に、ピアッサーを持った彼がそっと座った。
 私は、注射で血を抜かれるのも苦手でぎゅっと目を瞑って耐えるタイプである。自分の手で穴を開けるよりはまだマシとは言え、やはり約束された痛みというのは怖い。私が注射される時と同じようにぎゅっと目を瞑って待っていると、マルスは「ふふ」と笑って私の耳たぶに指を沿わせた。

「そんなに緊張しないで」
「でも、やっぱり痛いでしょ?」
「そうだね……でも、乱闘の時の痛みに比べたら何倍もマシだと思うけどなぁ」

 リラックスさせようとしているのか、彼はふにふにと私の耳たぶを触った。滑らかな彼の指先がくすぐったくて、思わず力が抜ける。ぎゅっと強張らせていた瞼がゆるんで、微かな心地良さに体が揺れた。

「ん……」
「さぁ、開けるよ」

 そう言うと彼は私の耳を掴んで固定し、ピアッサーの針を当てがった。あ、と思った瞬間にはバチンという音とともに耳に鋭い衝撃が走っていた。それは激しく叩かれたような、雷に打たれるような、何とも言い難いものだった。

「っ――」

 あまりの衝撃にびくっと体を震わせる――そんな私をよそに、ぬるりと針が抜かれた。自分の耳から針が出ていく初めての感触に、本当に耳に穴が開いたんだなぁとぼんやり考えていると、いつの間にか消毒とファーストピアスの装着が終わっていた。

「はい、左耳ができたよ」
「えっ、もう?」
「うん。見てごらん」

 彼に手渡された手鏡を覗くと、確かに私の左耳には金色の丸いピアスが収まっていた。耳たぶに埋まる小さな輝きが可愛らしくて、「わあ」と歓喜の声を上げた。

「可愛い……!」
「良かった。似合ってるよ」
「ありがとう、嬉しい!」

 ピアスが太陽の光に当たってキラキラと表情を変えるのが楽しくて、私は耳を色んな角度に傾けて遊んでいた。彼はそんな私を嬉しそうに眺めていたが、やがてもう片方の耳に指を添えて囁いた。

「こっちも開けてみようか」
「う……!」

 私は思わず二の足を踏んだ。さっきの、決して弱くはなかったあの衝撃をもう一回受けなければいけない……。あれを乗り越えれば両耳が完成するのは分かっているけど、なかなか勇気が必要だ。すー、はー、と深呼吸をする私の肩に彼が手を優しく置く。

「大丈夫だよ。ほら、リラックスして」
「うん……」

 再び彼の隣で正座をして、彼の手を待つ。私が目を閉じて待っていると、今度は彼の手のひらの感触がふわふわと頭に伝わってきた。温かい彼の指先が頭の上を流れて心地いい。彼は何回か私の髪を撫で、最後にぽんぽんと優しく叩くとピアッサーの準備を始めた。

「じゃあ、開けるね」
「うん」

 バチン、二度目の衝撃が今度は右耳に走る。さすがに私もさっきよりは落ち着いていた。ピアスの穴を開ける瞬間というのはその音と衝撃こそ大きいけれど、痛みは意外とそれほどのようだ。
 今度はマルスの手際の良い後処理の動きを眺めることができた。つぷりとピアスのゲージが私の耳たぶに入ると、たちまち右耳にも金色のピアスが輝いた。

「できたよ」
「やった! ありがとう!」

 手鏡を覗くと、そこには彼の金色のピアスで彩られた私がいた。鏡に顔を寄せて色々な角度で自分の耳を眺める。憧れのピアスホールがようやく開けられたこと、そして彼から貰ったアクセサリーを着けられたことが嬉しくて、ふふふと笑い声が漏れた。彼に貰ったピアスは私の耳にぴったりと収まっていて、とても綺麗だった。

「似合ってるよ。かわいいね」
「えへへ……ありがとう」

 大好きな彼に褒められ、私は思わず照れ笑いを返す。
 ファーストピアスが、彼からの贈り物で嬉しい。彼からのプレゼントを肌身離さず着けられるようになったのが嬉しい。幸せな気持ちでいっぱいになった私は、彼にぎゅっと抱き着いた。

「マルス、大好き!」
「ふふ。ぼくもだよ」

 彼の背中に腕を回すと、マルスもぎゅっと私を抱きしめ返してくれた。彼の温かくて大きな体が大好き。彼の匂いも、声も、体温も、全部大好きで堪らない。彼とぴったりくっついていると、お互いの気持ちを分かち合えそうな気持ちになる。

「ねぇ、マルス」
「うん?」

 ピアスを開ける前から思っていたこと。それを思い切って話してみることにした。私は手を伸ばし彼の銀色のピアスの縁をなぞると、小さく呟いた。

「あのね、マルスとお揃いのピアスが欲しいな……」

 さっきピアスを貰ったばかりなのにまたねだるなんてわがままかもしれない。それでもやっぱりお揃いのものが欲しい。マルスから貰ったこのピアスは私にとって宝物だけど、でも彼ともお揃いがいい。少し不安な思いで口にしたことだったけど、彼は私のお願いを聞くと小さく微笑んで私の頭を撫でた。

「うん。じゃあ、次出かけるときはピアスを見に行こうか」
「――! うん!」

 彼の言葉に私は満面の笑みで頷く。二人でお揃いにするならどんなデザインが良いだろう。彼にはどんなピアスが似合うだろう。今からその日を想像すると、わくわくする気持ちが溢れそうだった。

「楽しみ!」
「うん。ぼくも楽しみだよ」

 私と彼は顔を見合わせて笑った。そしてそのまま自然と顔が近付き、そっと唇が触れ合う。なぜかキスをしちゃったのがなんだかおかしくて二人でくすくすと笑っていると、彼はもう一度私をぎゅっと抱きしめてくれた。
 彼は「好きだよ」と言いながら、私を抱いたままソファにゆっくり寝転んだ。私と彼がソファの上で並んで寝転ぶ形になると、彼と鼻の先が触れ合う距離にお互いの顔が来た。吸い込まれるようにして再び唇を重ねると、私は目を閉じて彼を受け入れた。

2024/06/23