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ホワイトエプロンのひみつ
  • マルスが女装しています。
  • マルスがメイドとして働いています。
  • 2ページ目から性的表現があります。
  • シーダの存在について一切描写せず、マルスと召喚師が結ばれます。
  • 飛空城の設定に捏造があります。



 七色に輝く宝玉を神器に五つ込め、石碑に向かって引き金を引く。すると石碑に嵌められた召喚石が反応し、白い光とともに新たな英雄がアスク王国に召喚される。

 召喚師たる私との契約によって喚び出された英雄は、私に付き従ってくれるようになる。それが神器ブレイザブリクの能力であり、アスクの召喚師スミレの存在意義であった。



 最近はエンブラ帝国軍の攻勢も収まってきており、今いる英雄達も軒並み高い水準まで鍛錬できている。そのため今度新たな英雄を召喚し、我が軍に迎え入れようということで特務機関幹部の会議がまとまった。

 新たな召喚が決定した次の日、私とアンナ隊長は異界の英雄を喚び出すための石碑へとやって来た。王城の外れ、小高い丘にその石碑は寂しく立っている。それでもやはり霊的な力が宿っているのか、ここはいつも空気が引き締まっているような気がする。

 王城から持って来たブレイザブリクにオーブを慎重に装填し石碑に向かって発射すると、たちまち七色の光が石碑を包み込んだ。もうこの儀式は何度もやってきたし、手順そのものは慣れたものだけど、何故だか何度やっても緊張して指先が震えてしまう。でもこれで召喚の儀のうち、私が行う手順は終わりだ。緊張がほどけ安堵の息を吐く。

「ふぅ……」
「スミレ、お疲れ様。今回はどんな英雄が来てくれるかしらね」
「まだお会いしたことのない英雄がいいですね」

 二人で石碑を見守りながらアンナ隊長と軽く話をする。と、石碑から白い煙がぶしゅんと噴き出た。この白い煙が何なのかはよく分からないけど、これが出るといつもより強い武器を携えた英雄が現れてくれる……ような気がする。

 石碑から立ち上る眩い光の柱を見届けた後私とアンナ隊長が目を開けると、そこには黒いロングワンピースに白いエプロンを着けた青髪の英雄が立っていた。

 見たことのない英雄だ!
 この世界の女性にしてはかなり髪が短いけれど、女物の服を着ているからやはり女性の英雄だろうか。それにしても、エプロンを着けたその姿はまるで家政婦――メイドさんかのような容貌だ。

 私に召喚された英雄は、決まって皆初めに自己紹介をしてくれる。私達は固唾を呑んで彼女の言葉を待った。

「ぼくはマルス。
 今はアリティア王城のお手伝いとして働いているんだ。
 家事なら何でも申し付けてほしい」

 そう言うと彼女は両手を前に組み深々と頭を下げた。


 〝マルス〟、聞いたことのある名だ。
 確か伝承の英雄にその名を連ねている……ような気がするのだが、如何せんこのアスクに来てからは覚えるべき人名が多く、マルスという名の英雄がどの異界でどんな功績を上げたのかいまいち思い出すことができなかった。頭の中で必死に書物の頁を繰ってゆく。

 しかし私が思い出すよりも先に隣でアンナ隊長がえっ、と驚きの声を上げた。

「え? 今あなた、マルスと名乗った……?」
「ああ、アリティアのマルスだ」
「マルスって、……あのアカネイアの英雄王の?」
「うーん……そう呼んでもらっているときもあるね」

 彼女とアンナ隊長の言葉を頼りに記憶の糸を辿る。
 マルス、アリティア、英雄王……――ああそうだ、確か紋章の異界には『英雄王』と呼ばれる人物がいて――長き戦いの末、ついに暗黒地竜メディウスをついに打倒したことからそう呼ばれているのだ。その英雄王の名がマルスだと、異界の英雄譚について学び始めたときに初めに習った記憶がある。

 そうだ、そういえばチキが何度も『マルスのおにいちゃんに会いたいなぁ』と言っていたっけ。
 ……うん? 『おにいちゃん』? ということは、私の目の前に立つこのメイド服姿の英雄は……もしかして、男性?


 私が混乱していると、同じく状況が吞み込めないのであろうアンナ隊長がマルスに私達の疑問をぶつけた。

「えっと……ちょっと整理させて。どうして英雄王のあなたがその……お手伝いさんみたいな服を着ているの?」

 隊長に尋ねられたマルスは指を顎に当てて少し考えたあと、ゆっくりと語り始めた。

「確かにぼくはアリティアの王族であって、本来このような服を着る立場ではない。でも、これからぼくが新しい国を治めるにあたって、戦争を二回経験したぼくでは剣で民を支配する王にいつかなってしまうかもしれない。そう思って王城の者にお願いしたんだ――君たちの手伝いをさせてほしいと」

 なるほど、民を率いる立場としての見識を広めるために、より庶民と近い目線で生活をして様々な経験を積みたい……と言ったところだろうか。王族である彼だからこそ、庶民に混じることで新たに見えてくるものがあるのかもしれない。
 滔々とうとうと語った彼の瞳に曇りは無い。恐らく全て彼の本心なのだろう。

 それにしても、自分の考えを語る彼の声は確かに男性のものだった。背は私達より高く、メイド服に隠されてはいるもののその体つきも私やアンナ隊長よりも幾分かしっかりとしているように思える。

 背格好や声は男性のそれなのに、着ている服、そして彼の顔立ちが女性のような美しさを湛えているためか、彼を観察すればするほど頭が混乱してくる。


 どう返したものかと私が言葉を探していると、アンナ隊長がマルスに質問を投げかけた。

「しかし、何故女物の服を?」
「あはは……王城には女性用のものしかなくて。皆には止められたけど、試しに着てみたら体に馴染んだから、ずっと着てるんだ」

 そう言って彼はスカートの裾を摘み、軽く靡かせてみせた。軽やかな生地がぱたぱたと小気味の良い音を立てて風にはためく。


 私がアスクにやってくる前――生まれ故郷の日本にいた頃、いわゆるコスプレ衣装としてのメイド服は写真やイラストで何度か見たことがあった。メイド服と言えばフリルがとにかく沢山ついていて、仕事着というよりはコスプレ衣装の一つというのが私のイメージだった。

 しかし彼の着ていたメイド服には余計なフリルなどの装飾が一切なく、 丸みを帯びたそのシルエットに女性らしさこそあるものの、仕事着として洗練されているという印象があった。

 きっと、このお手伝いさんは良い仕事をしてくれるだろう。そう思わせるようなオーラのようなものが彼にはあった。

 祖国を亡くしてもなお立ち上がり二度の戦争を乗り越えた英雄だからこそ、たとえ自分がどんな服を着ていたとしても己の中に取り込み、何者にも揺るがされない自分を保っているのだ。……多分。


「それよりも、ぼくを喚んでくれたのは……――君だね、スミレ」

 そう言って迷うことなく私の方を見た。私は彼に名乗ったっけかと考えていると、彼はうやうやしく跪き私の手の甲に唇を落とした。たちまち指先に彼の体温を感じる。彼の突然の行動に、心臓がぎゅんと高鳴った。

「な、え――」
「ぼくを喚んでくれたことによって、ぼくと君の契約が成立した。これよりぼく――マルスは、君の忠実なしもべとして尽くそう」

 青い瞳が真っ直ぐ私を見据える。まるで夢でも見ているかのような台詞だが、彼の瞳は自身の言葉に一つも偽りがないことを証明してくれているかのような、純な瞳だった。


 だが――メイド服姿の男性に突然手の甲に口付けをされ、『忠実な僕として尽くそう』と言われた場合というのは、一体どうすればいいのだろう。

 私が上手く返せないのは、自分がこんな王道ファンタジーみたいな世界の出身ではないからと思っていたけど、隣のアンナ隊長も口をぽかんと開けたまま固まっていた。どうやらこれは、このアスク王国でも普通ではない状況のようだ。

「召喚師様――さぁ、ぼくに何でも命じてくれ」

 召喚師たる私との契約によって喚び出された英雄は、私に付き従ってくれるようになる。大抵は皆私に友好的な態度を取り、同じ特務機関の一員として共に戦ってくれた。
 だけど、召喚した英雄にこんな風に文字通り従属される日が来るとは。

 ――この先、彼には予想外の方向でたっぷり尽くされてしまうことを私はまだ知らない。
◆ ◆ ◆

 晴れてアスク王城のメイドとなったマルスは、毎日家事のため城の中を縦横無尽に駆けていた。
 ある日は調理、ある日は洗濯、またある日は掃除。私が王城を歩いていると、何かに奔走しているマルスを度々見かけた。

 アスク王城には元々何人かお手伝いさんがいてくれていたけど、そこにマルスが加わったことでお手伝いさん達の負担がかなり減ったらしい。彼女らの話によると、マルスは元々いたお手伝いさんの指示によく従い、それでいて仕事が迅速丁寧で大変助かっているのだそう。彼女らと話しているうちに何故か私が感謝されてしまったけれど、私は召喚しただけに過ぎない。良い仕事をしてくれているのはマルスだった。


 マルスが王城の世話をしてくれるのにも慣れてきたある日、私の中にある疑問がもたげた。

 ――そもそも私とアンナ隊長はアスク軍の戦力を増強するためにあの石碑に赴いたのではなかったか?

 マルスはこうして王城のことをしてくれるけど、今まで出撃したことはない。というよりいつも彼が忙しなく働いているせいで「出撃してほしい」と頼みにくいのだ。それは、王城の世話をすることがどれほど大事なことかを理解しているからこそのことだった。

 もちろん王城のことをこなしてくれるのも嬉しいし助かっているけれど、彼のことは異界の英雄として喚び出したのだから、できれば戦闘にも出てほしいというのが私の考えだった。


 ……ということを窓を拭いていた彼を捕まえて話してみた。いや、直接伝えるのは憚られたので「最近は鍛錬をする時間もないんじゃない?」という風にさり気なく聞いてみたのだ。
 彼が言うには「もちろん、鍛錬は欠かしていないよ。ぼくの剣の腕は、メディウスと戦っていたときに劣らないと約束するよ」とのことだったので、私はその言葉を素直に信じ、彼の剣が必要になったときに改めて部隊に編成することにした。





 ある日、飛空城の仕事をすっかりほっぽってしまっていたことを思い出した私は、夜の飛空城へとすっ飛んで行った。英雄達と一緒に育てた作物が、もう実っているはずなのだ。うかうかしていると枯れてしまう、それだけは避けたい。
 すっかり暗くなってしまった城下町を一人駆ける。木々を抜けて畑へと急ぐと、豊かに実っているはずの作物達が全て無くなっていた。

「あ……れ……?」

 本当なら一面にトマトの実ができているはずなのに、青々とした茎を残してすっかり無くなってしまっていた。思っても見なかった光景を前に、私ははあはあ・・・・と肩で息をしながら立ち尽くすのみだった。



 飛空城はその名の通り空の上に浮かんでいる。城へは特務機関のメンバーしか入れないように魔法で防護がされているので、立ち入ったとしても知っている誰かだと思うけど……如何せん英雄の数が多くてさっぱり見当もつかない。

 しばらく頭を捻ってみたものの答えは出なかった。行き詰まってしまった私は一旦畑を後にし、食堂で夜食でも作ろうとその足を向けた。

 もうこんな時間なのだ、きっと誰もいないだろうけど食材を拝借して簡単なものを作ればいい。そう思って食堂に近付くと、なんと小さな灯りが見えるではないか。気になって扉を開けてみると、そこには一人で食器の片づけをしているマルスの後ろ姿があった。

 やはり、こうして後ろから見ると女性のメイドさんのようだ。腰の位置で蝶々結びにされたホワイトエプロンの紐がなんとも可愛らしい。

「あ……召喚師様! こんばんは」

 扉の音に気付いた彼は、私の顔を見るとぱあっと顔を明るくした。もしかしてずっと一人で仕事をしてくれていたのだろうか。

「マルス! まだ仕事してくれてたの?」
「うん、さっきまで何人か夜食を食べに来ていたんだ。君も何か食べるかい?」

 そう言いながら彼が食器棚を離れ食料の確認をし始めたので、慌てて静止した。

「あ、いや! 灯りがついてたから気になって。マルスも早く休んだ方がいいよ、疲れてるでしょ」
「ありがとう。でもせっかく君が来てくれたんだ、何か作らせてほしいな」

 そう言って彼は棚から食材をいくつか取り出して調理を始めた。いいのにと返したかったけど、野菜を取り出して微笑む彼を前にその言葉は喉に引っ込めることにした。
 せめて手伝いはしなければと私は彼を手伝うタイミングを窺っていた――のだが、あっという間に野菜は細かくなり鍋には火が点けられて――気付けば二人分の料理が完成していた。畑で採れた野菜を使った温かなスープだ。

 「簡単なものだけど」と彼は言うけど、コンソメの良い香りがしてとても美味しそうだ。スプーンに一口掬って啜れば、野菜の旨味がたっぷり溶け込んだスープが口いっぱいに広がった。

「おいしい、すごくおいしいよ!」
「ありがとう。召喚師様が美味しい野菜を育ててくれたお陰だね」
「えっ!? いや……そんな、マルスの料理の腕が良いんだよ」

 突然褒められて、なんだか恥ずかしくて言葉がしどろもどろになってしまった。私の動揺を察してか、マルスはふふっと笑みを溢した。

 私は恥ずかしさを誤魔化すために二口目を口に運ぶ――と、掬ったキャベツが唇に触れたとき、先程畑で目にした光景を思い出した。さっきまで夜食を作っていたという彼なら何か知っているかもしれない。

「あ――そういえば、畑の野菜が無くなってたんだけど知らない?」
「畑の野菜……? ああ、トマトのことかな? そろそろ食べ頃みたいだったから収穫しておいたよ」
「えっ、収穫までしてくれてたの!? ありがとう」
「うん、ここの籠に入れてあるからね」

 なんと野菜の収穫はマルスの手によって既になされていたらしい。彼は足元からトマトがたっぷり入った籠を取り出して見せてくれた。丸々としたトマト達は真っ赤に熟れていて、きっと今が一番の食べ頃だろう。

 マルスが代わりに収穫してくれて本当に助かった。彼の優しい気遣いに、なんだか心が温まるような気持ちになった。





「ごちそうさま! すごく美味しかったよ」

 空になった器を前に手を合わせる。彼の作ってくれたスープが美味しくて、あっという間に平らげてしまった。空になった器を見てマルスは微笑み、「お粗末様でした」と丁寧にお辞儀した。

「君に喜んでもらえたなら嬉しいよ」
「ありがとうね! 食器は自分で片付けるからマルスは宿屋で休んでおいでよ」

 そう言って私が器を抱え席を立つと、マルスは顎に指を当て少し考え込むような素振りを見せた。
 特に変なことは言ってないはずだけど、と私が疑問に思っていると彼は言葉を続けた。

「召喚師様も後で宿屋に来るの?」
「え? う、うん。どうして?」

 どうしてそんなことを改めて聞かれるのか、その真意が分からず歯切れの悪い返答になってしまった。

「ううん。召喚師様が来るなら用意しておこうかなと思って」
「えっ、部屋の準備までしてくれるの? いいよ、自分でやるから」
「ぼくがするよ。いや、させてほしいな」
「でも……」
「ぼくがやりたいんだ。ダメかな?」
「じゃ、じゃあお願いしようかな……?」

 なんだろう。いつものマルスならすぐ引き下がりそうな流れなのに、なんだか今日は違うな……?
 いつになく押しが強い彼に少し気圧されるが、彼の厚意を無碍にするのも気が引けた。結局私はマルスの言葉に甘え、宿屋の準備をしてもらうことになった。

「君がちゃんと休めるよう、しっかり整えておかないとね」

 なんだか嬉しそうな顔で宿屋に向かうマルスを見送ったあと、私は一人で自分の洗い物を片付けた。マルス、そんなに家事をするのが楽しいのかな? こんなことならお皿洗いも譲ってあげればよかっただろうか。


 食堂の戸締りをして宿屋に向かう。飛空城には宿屋と名のついた建物はあるけど、そもそも飛空城自体が戦闘用の城塞なので常駐しているお店の人はいない。客室にベッドがいくつかあり、飛空城に滞在する人が自分で寝具を用意して自分で後片付けをする、そういう場所になっている。

 客室に入ると、いくつか並んだベッド達の中に一つだけ美しくベッドメイクされたものがあった。近寄ると、なんだか良い香りまでする。よく見てみると枕元のチェストで香炉が焚かれていた。すごい、こんなものまで揃えてくれてるんだ。

 なんだか旅行で良いホテルに泊まったかのようだなぁと感心しながら布団に潜り込み、腕を伸ばして枕元の灯りを消す。マルスが作ってくれた野菜スープのお陰か、体がなんだか温かくて心地よい。


 今日は思いがけずマルスに色々もてなされてしまった。王族でも貴族でもない私にここまでしてくれるなんて、マルスって本当に人の喜ぶ顔を見るのが好きなんだなぁ……。食堂で私を見つけたときの彼の明るい顔を思い出しながら、そんなことを考えていた。

 私は甘い香炉の香りに包まれながらゆっくりと目を瞑った。