明日は大好きなスミレ殿とデート!
しかも十二月二十四日、クリスマスイブ!!
拙者は正直、遠足前の小学生かと言うくらい浮かれていた。というか、大好きな彼女とクリスマスデートするのに浮かれない男子高校生がいるでござろうか?
行き先は――ベタかもしれないけど、遊園地。一緒にジェットコースターに乗って、メリーゴーランドに乗って、観覧車に乗りたい。美味しいご飯を食べて、買い物をしたい。目を瞑れば、瞼の裏に嬉しそうに笑う彼女の顔が浮かぶ。
拙者は布団の中にすっぽり隠れたまま、嬉しくってじたばたと体を動かした。同じ部屋で眠る神崎殿と朱桜くんの安眠の妨げになってはいけないので、極力音を立てずに。
(しかし……)
布団から手だけ出して、枕元の携帯を手繰り寄せる。美容も仕事のうちの拙者にとって寝る前の携帯は御法度だが、今夜だけは許してほしい。
『デート 手を繋ぐ 自然』。
ここまで入れたところで、己の検索ワードに恥ずかしくなって検索ボタンに伸ばした指が止まった。
別に彼女と手を繋ぐのは今回が初めてではない。
だけどやっぱりアイドルとしての立場上、大っぴらに手を繋ぐことはできないので、繋いだ回数もまだ片手で数えられるくらいしかない。
……いや、正直に言うと、拙者から手を繋ぐのが恥ずかしくてずっと繋いであげられてないだけだ。それを「他の人の目があるから」と誤魔化しているに過ぎない。それも事実ではあるのだけど……。
スミレ殿は無理にしなくても大丈夫と言ってくれるけど、恋人らしいことをなかなかしてあげられないというのは、彼氏として少し歯痒い思いだ。
今回彼女と行く遊園地では、今の時期夜になるとイルミネーションが開催される。
一緒にイルミネーションを楽しむのは勿論だけど、きっと暗い場所なら自然に手を繋げるし、なんならもっと彼氏らしいこともしてあげられる……はず!
そう思って、イルミネーションを開催している遊園地でのデートを提案したのだった。
(ううっ、とりあえず今日は早く寝るでござるよっ)
携帯を枕元に放り、布団を被り直す。ここで夜更しして明日も遅刻するようじゃデート以前の問題だ。拙者はぎゅっと目を瞑って眠りに落ちるのを待った。
「――君、仙石君!」
「んひゃっ!?」
隣からスミレ殿に覗き込まれ、思わず間抜けな声を上げてしまった。
顔を上げると、人々の列が前に進んでいることに気付く。慌てて列を詰めると、後ろの人もゆっくり近付いてきた。
ぼうっとしていると、遠くからジェットコースターが走る音とともに楽しげな悲鳴が聞こえてきた。拙者たちの番は……あともう少しと言ったところでござろうか。
「大丈夫? ぼーっとして……疲れちゃった?」
「ななな!? そんなことないでござるよっ。ほら、拙者元気〜……♪」
そう言って手を振っておどけてみせても彼女の訝しむような視線は変わらずだったが、やがて閃いたように目を見開いた。
「もしかして――仙石君、ジェットコースター怖い?」
「――」
そんなことないでござる、と言いたかったが、すんでのところで言葉を呑み込んだ。まさか「どうやって手を繋ぐか考えていた」などとは言えない。
「……大丈夫でござる。これも修行のうちでござるよ」
「あはは、怖かったら叫んでもいいんだよ」
拙者がふっと顔を逸らして言ったから、余計にジェットコースターに怯えているように見えたらしい――彼女は楽しげに笑った。
ジェットコースターは本当に怖くないつもりだったけれど、乗ってみたら思ったよりも速くて、結局声を上げてしまった。降りたあと彼女に「やっぱり怖かったんだね」と言われてしまい、二人で笑い合った。
メリーゴーランドでは隣同士の馬に乗った。拙者が乗った馬が白かったので、スミレ殿は「白馬の王子様だね」と笑った。
そんな彼女の髪がふわふわと靡くのが可愛らしくて、「スミレ殿はお姫様みたいでござるな」と言ったら、顔を赤らめたまま「そんなこと……」と口篭ってしまった。
恥ずかしそうに髪を耳に掛ける彼女を前に、何気なく言った言葉をそこまで素直に受け止めてくれるとは思わなくて、拙者までなんだか気恥ずかしくなってしまった。
一緒にレストランでご飯を食べて、お化け屋敷で彼女との距離にドギマギして――やがて暗くなると、一緒に観覧車からイルミネーションに煌めく遊園地を眺めた。
「綺麗……一緒に見るの、楽しみだね」
遠くのイルミネーションと同じくらい顔を輝かせる彼女を見て、今日ここに来られて本当に良かったなと思った。
去年までは拙者も普通の高校生みたいに毎日登校していたけど、ESができてからはアイドル科の学生は毎日学院まで登校しなくても良くなった。それは拙者も同じで、ユニットやソロの仕事が増えるにつれて登校する日は減っていった。
そんな頃に出会ったスミレ殿。
まだ、ただの友人同士だった頃は良かった。そもそも学科が違うから、学院でたまに顔を合わせるくらいだったとしてもこれが普通だと思っていた。
彼女と少しずつ仲良くなって、たくさん話すようになって、拙者が彼女のことを好きになり始めた頃。正直――勿論ESでの仕事が無い日だけだけど――彼女に会うために登校する日もあった。
放課後、たまに声楽科の校舎から彼女のピアノと歌声が聴こえるときがあって、じっと聞き入った日もあった。以前、彼女が拙者の歌を好きだと言ってくれたことがあったけど、スミレ殿の歌の方が何倍も上手だ、と思った。
彼女と付き合うようになってからは、彼女と思うように会えない日々を歯痒く思うときもあった。
たまに彼女からデートのお誘いをしてくれるときがあって、そんな時は天にも昇るような心地になる。
だけど仕事を理由に断らないといけない時がしばしばあって……拙者が心苦しい気持ちで断りを入れると、彼女は嫌な顔一つせず分かったと言い、「お仕事頑張ってね!」と励ましてまでくれるのだ。それが一層申し訳無くて――
「仙石君!」
「ひゃいっ!?」
「大丈夫? ……やっぱり疲れちゃった?」
気付けば拙者たちの乗るゴンドラはいつの間にかてっぺんを過ぎて、ぐんぐんと下り始めている最中だった。同じく下ってきた後ろのゴンドラの影が顔に差して、彼女の表情が一層曇っているように見える。
「ち、違うんでござるよ。その――」
言葉に詰まってちらりと外を見遣れば、もうそこまで地面が迫っていた。今から話をするのは難しそうだ。
「……拙者は疲れているわけでも、楽しくないわけでもないでござる。心配させてしまって申し訳ないでござるよ」
「えっと……」
「ちゃんと、後で話すでござる」
ゴンドラが一番下まで辿り着くと、待機していたスタッフがドアを開けてくれた。動くゴンドラからぴょんと地面に飛び降りる。
「あっ」
と、拙者のあとに飛び降りたスミレ殿がバランスを崩して横でよろけるのが目に入った。あっ、と思った次の瞬間には彼女の手を取り、どうにか体を支えてあげることができた。
「おっと……大丈夫でござるか?」
「あっ……あ、ありがとう」
握った彼女の手は、クリスマスの寒空が滲んでるみたいに冷たかった。
――それとは反対に、ぼうっと立ち尽くす彼女の頬はみるみるうちに赤くなっていった。咄嗟のこととは言え、拙者が彼女の手を握っていることに気付いたのは数拍置いてからのことだった。
「あっ――……えっと、その、スミレ殿! イルミネーション行こうでござる!」
「えっ? あっ、待って――」
この手を放したくなくて、居ても立ってもいられなくなった拙者は彼女の手を引いて駆け出した。 彼女は拙者の手を振り解くことなく、ぎゅっと握り返して一緒に走ってくれた。
「あ、あれ、クリスマスツリー!」
二人で手を繋いだまま走ること数分。
隣から声が上がったので、彼女の指差す方に目を向けると、そこには光のドレスを纏った巨大なクリスマスツリーが聳えていた。
「ふおお……! ここに来たとき最初に見たツリーでござる、ここもイルミネーションするんでござるなぁ」
会話が始まったことにより、それまで走っていた二人の足が自然と緩んだ。
クリスマスツリーの向こうには、紛うことなき光の世界が広がっていた。流星隊のライブでファンの皆が作ってくれる光景に似ているけど、木々や建物までもが光っているこの空間は正に『光の世界』と言うべきだろう。
「あっ! 見て、ジェットコースターも!」
「おおっ! すごい、光ってるでござるよ!」
遠くで走るジェットコースターとそのレールも、まるで晴れ空に掛かる虹のようにきらきらと光っている。ふと振り返れば、さっきまで拙者たちが乗っていた観覧車もまるで巨大な向日葵のような輝きを放っていた。
「きれい………」
溜息を吐くような彼女の言葉。その端から白い息が漏れるのが見えた。
色んな色が混ざった光を受ける彼女の横顔が、拙者にはどの光よりも一番綺麗に見える。
彼女との手はまだ繋がれたままだ。拙者は繋いでない方の手をぐっと握ると、口を開いた。
「……あの、スミレ殿」
「うん?」
「そろそろプレゼント交換がしたいでござる」
「ああ! 確かに、そこ座ろっか」
近くのベンチに腰を下ろし、お互いにラッピングされたプレゼントを取り出す。
『プレゼントの交換をしよう』。そう言ったのは彼女の方だった。せっかくのクリスマスデートだから、少しでもたくさんの思い出がある方が良いと思ったのだそうだ。
「あっ、でも予算は千円ね。アイドルのお給料に物言わせるのは禁止だから!」
真剣な顔でそう付け加える彼女がなんだかおかしくて、拙者は思わず吹き出した。
「あははっ、そんなことしないでござるよ。こういうのは気持ちが大事であるからして」
拙者がそう言って笑って見せると、彼女は安心したように微笑んだ。
その日から、来たるクリスマスデートが一層待ち遠しくなったのは言うまでもない。
「じゃあ、開けてもいいでござるか?」
「どうぞ!」
交換を終え、お互いの手にはそれぞれのプレゼントがある状態になった。丁寧に結ばれたリボンをほどくと、中から黒くてモコモコした何かが顔を覗かせた。
「むむっ? これは……?」
「ネックウォーマーだよ! こうやって被れば……ほらっ」
袋から黒いモコモコを取り出したスミレ殿が、ぐるぐると拙者の顔に黒いモコモコを巻いていく。
いや、この巻き方とこの形状は……!!
「もしや忍者頭巾でござるか!?」
「当たり!」
と拙者が言うと同時に彼女が小さな手鏡を差し出してくれた。
拝借して覗くと――なんと、そこには暖かそうな恰好をした忍者がいたのでござる! ただ黒いモコモコに顔周りを覆われているだけなのかと思いきや、忍者らしくちゃんと口元を隠す部分もある。
それでいておしゃれな裏地が付いているお陰で不審者にもならない素敵仕様……! まさに全国の忍者垂涎の一品と言う他なかった。
「すごいすごいっ♪ 防寒具と忍者道具を兼ね備えてるなんて、これ以上素敵なプレゼントは無いでござるよ……☆」
「あはは、そこまで喜んでもらえたなら良かった」
本当はこの後ずっと被っていたかったけど、タグが付いているので一旦カバンにしまった。早速明日から使っちゃおう……☆
「じゃあ、私も開けさせてもらうね」
「どうぞでござる!」
彼女がリボンに指を掛ける。
心を込めて作ったけど、果たして喜んでもらえるだろうか? 彼女が貰ったプレゼントを無下にするところなんて考えられないけど、それでも不安になるのが人のサガというものだ。隣でドキドキしながら彼女の反応を待つ。
「わぁ……クッキーだ! かわいいっ」
湧き上がるような彼女の喜ぶ声にほっと胸を撫で下ろす。うう、引かれなくて良かった……!
拙者が用意したのはクリスマスモチーフのアイシングクッキー。いつも一緒にお菓子を作っている神崎殿と作って、甘いものに目がない朱桜くんに試食をしてもらったから、味には自信がある。
そして、何より大事な想いを込めて大切に作ったクッキーだ。彼女に拙者の気持ちが少しでも伝われば、こんなに嬉しいことはない。
「仙石君……私より女子力高いね」
「あはは、神崎殿と朱桜くんに手伝ってもらったのでござるよ。三人分の女子力でござるな」
彼女は拙者のクッキーを光にかざして眺めている。クリスマスツリー、雪だるま、サンタ……色んなモチーフを作るのは大変だったけど、こうして喜んでくれているところを見られると頑張った甲斐があったというものだ。
「大切に頂くね!」
「気に入ってくれると嬉しいでござる!」
彼女がクッキーをカバンにしまうのを見て、ふう、と息をつく。居住まいを正し、落ち着いて口を開いた。
「あの、スミレ殿。さっき観覧車でしてた話でござるけど」
「うん」
「拙者、実は悩んでいたのでござるよ。その、普段拙者の方が忙しいでござろう? だから、スミレ殿になかなか恋人らしいことをしてあげられず……今日もいつ手を繋ごうかとか、色々考えてたのでござる」
「えっ」
拙者の言葉を聞くと彼女は驚いたように目を丸めた。
「遊園地でクリスマスデートしてる時点ですごくカップルっぽいと思うけど……?」
「うーん、何というか、もっと彼氏らしいことをスミレ殿にしてあげたかったでござるよ」
「彼氏らしい?」
「かっこよくリードしたかったんでござる……具体的には、拙者から手を繋いであげたりしたかったでござるな」
自分からこんなことを言うのはなんだか情けないやら気恥ずかしいやらで、苦笑いで誤魔化しながら心の内を打ち明けた。
拙者の知ってる人……たとえば守沢殿だったら、女の子の手を引いて「さぁ次はここに行こう……☆」なんてリードする姿が想像できる。拙者の勝手な想像でござるけど……。しかしせっかくのクリスマスデートなのだから、せめて手くらいスマートに繋いであげられたら良かった。
「うーん……でも、さっき仙石君が転びそうになった私を支えて、そのままここまで連れて行ってくれたとき、すごく嬉しかったよ?」
「そ、そうなのでござるか?」
彼女の意外な言葉に、今度は拙者が目を丸める番だった。
「うん。仙石君、多分あの時少し恥ずかしかったでしょ?」
「えへへ……バレてたでござるな」
「でもね、あの時手を離さないでいてくれたのが嬉しかったの。仙石君が夢の世界に連れて行ってくれてるみたいで、すごく素敵だった」
――ああ。
この人は、拙者にはもったいないくらい眩しい。拙者は何をうじうじ悩んでいたのだろう。少し恥ずかしそうにはにかむ彼女が、何よりも愛おしく感じられる。
そう、好きなんだ。拙者はスミレ殿のことが好き。
彼女と色々なところに行って、たくさんの素敵なものを見たい。一緒に歌を歌って同じ色を奏でたい。手を繋いで、嬉しい気持ちも悲しい気持ちも分かち合いたい。
ずっと彼女とそうできたら、嬉しいと思う。
「…………スミレ殿」
「うん?」
胸の奥が熱くなって、少しだけ息を整える。
「その………………抱きしめても、いいでござるか?」
「へっ――う、うん、いいよ」
隣に座る彼女に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
小柄な拙者よりも更に少しだけ小さい彼女は、あたたかくてやわらかかった。彼女の持つ優しさをそのまま抱きしめてるみたいで、彼女の温かさが自分の心の中に入ってくるのを感じる。
温かい人を好きになれて良かった。彼女の背中に手を回しながら、しみじみとそう思った。
「……しのぶ、くん」
「――っ、うん」
「私が忍くんといるのは今この瞬間だけじゃないよ」
拙者の背中に回された彼女の腕に、ぎゅっと力がこもる。
「私、これからもずっと忍くんと一緒にいたい」
「拙者もでござるよ。――スミレ、ちゃん」
彼女を強く抱きしめ、ぎゅっと目を閉じる。こうしてないと、なんだか泣いてしまいそうなのだ。色とりどりに瞬くイルミネーションたちが、瞼の裏でぼんやり光っていた。
来年もこうして彼女と過ごせたらいいな。拙者はクリスマスの夜空に瞬く七色の光にそっと願いを託した――まるで流れ星にお願い事をするみたいに。
しかも十二月二十四日、クリスマスイブ!!
拙者は正直、遠足前の小学生かと言うくらい浮かれていた。というか、大好きな彼女とクリスマスデートするのに浮かれない男子高校生がいるでござろうか?
行き先は――ベタかもしれないけど、遊園地。一緒にジェットコースターに乗って、メリーゴーランドに乗って、観覧車に乗りたい。美味しいご飯を食べて、買い物をしたい。目を瞑れば、瞼の裏に嬉しそうに笑う彼女の顔が浮かぶ。
拙者は布団の中にすっぽり隠れたまま、嬉しくってじたばたと体を動かした。同じ部屋で眠る神崎殿と朱桜くんの安眠の妨げになってはいけないので、極力音を立てずに。
(しかし……)
布団から手だけ出して、枕元の携帯を手繰り寄せる。美容も仕事のうちの拙者にとって寝る前の携帯は御法度だが、今夜だけは許してほしい。
『デート 手を繋ぐ 自然』。
ここまで入れたところで、己の検索ワードに恥ずかしくなって検索ボタンに伸ばした指が止まった。
別に彼女と手を繋ぐのは今回が初めてではない。
だけどやっぱりアイドルとしての立場上、大っぴらに手を繋ぐことはできないので、繋いだ回数もまだ片手で数えられるくらいしかない。
……いや、正直に言うと、拙者から手を繋ぐのが恥ずかしくてずっと繋いであげられてないだけだ。それを「他の人の目があるから」と誤魔化しているに過ぎない。それも事実ではあるのだけど……。
スミレ殿は無理にしなくても大丈夫と言ってくれるけど、恋人らしいことをなかなかしてあげられないというのは、彼氏として少し歯痒い思いだ。
今回彼女と行く遊園地では、今の時期夜になるとイルミネーションが開催される。
一緒にイルミネーションを楽しむのは勿論だけど、きっと暗い場所なら自然に手を繋げるし、なんならもっと彼氏らしいこともしてあげられる……はず!
そう思って、イルミネーションを開催している遊園地でのデートを提案したのだった。
(ううっ、とりあえず今日は早く寝るでござるよっ)
携帯を枕元に放り、布団を被り直す。ここで夜更しして明日も遅刻するようじゃデート以前の問題だ。拙者はぎゅっと目を瞑って眠りに落ちるのを待った。
◆ ◆ ◆
「――君、仙石君!」
「んひゃっ!?」
隣からスミレ殿に覗き込まれ、思わず間抜けな声を上げてしまった。
顔を上げると、人々の列が前に進んでいることに気付く。慌てて列を詰めると、後ろの人もゆっくり近付いてきた。
ぼうっとしていると、遠くからジェットコースターが走る音とともに楽しげな悲鳴が聞こえてきた。拙者たちの番は……あともう少しと言ったところでござろうか。
「大丈夫? ぼーっとして……疲れちゃった?」
「ななな!? そんなことないでござるよっ。ほら、拙者元気〜……♪」
そう言って手を振っておどけてみせても彼女の訝しむような視線は変わらずだったが、やがて閃いたように目を見開いた。
「もしかして――仙石君、ジェットコースター怖い?」
「――」
そんなことないでござる、と言いたかったが、すんでのところで言葉を呑み込んだ。まさか「どうやって手を繋ぐか考えていた」などとは言えない。
「……大丈夫でござる。これも修行のうちでござるよ」
「あはは、怖かったら叫んでもいいんだよ」
拙者がふっと顔を逸らして言ったから、余計にジェットコースターに怯えているように見えたらしい――彼女は楽しげに笑った。
ジェットコースターは本当に怖くないつもりだったけれど、乗ってみたら思ったよりも速くて、結局声を上げてしまった。降りたあと彼女に「やっぱり怖かったんだね」と言われてしまい、二人で笑い合った。
メリーゴーランドでは隣同士の馬に乗った。拙者が乗った馬が白かったので、スミレ殿は「白馬の王子様だね」と笑った。
そんな彼女の髪がふわふわと靡くのが可愛らしくて、「スミレ殿はお姫様みたいでござるな」と言ったら、顔を赤らめたまま「そんなこと……」と口篭ってしまった。
恥ずかしそうに髪を耳に掛ける彼女を前に、何気なく言った言葉をそこまで素直に受け止めてくれるとは思わなくて、拙者までなんだか気恥ずかしくなってしまった。
一緒にレストランでご飯を食べて、お化け屋敷で彼女との距離にドギマギして――やがて暗くなると、一緒に観覧車からイルミネーションに煌めく遊園地を眺めた。
「綺麗……一緒に見るの、楽しみだね」
遠くのイルミネーションと同じくらい顔を輝かせる彼女を見て、今日ここに来られて本当に良かったなと思った。
去年までは拙者も普通の高校生みたいに毎日登校していたけど、ESができてからはアイドル科の学生は毎日学院まで登校しなくても良くなった。それは拙者も同じで、ユニットやソロの仕事が増えるにつれて登校する日は減っていった。
そんな頃に出会ったスミレ殿。
まだ、ただの友人同士だった頃は良かった。そもそも学科が違うから、学院でたまに顔を合わせるくらいだったとしてもこれが普通だと思っていた。
彼女と少しずつ仲良くなって、たくさん話すようになって、拙者が彼女のことを好きになり始めた頃。正直――勿論ESでの仕事が無い日だけだけど――彼女に会うために登校する日もあった。
放課後、たまに声楽科の校舎から彼女のピアノと歌声が聴こえるときがあって、じっと聞き入った日もあった。以前、彼女が拙者の歌を好きだと言ってくれたことがあったけど、スミレ殿の歌の方が何倍も上手だ、と思った。
彼女と付き合うようになってからは、彼女と思うように会えない日々を歯痒く思うときもあった。
たまに彼女からデートのお誘いをしてくれるときがあって、そんな時は天にも昇るような心地になる。
だけど仕事を理由に断らないといけない時がしばしばあって……拙者が心苦しい気持ちで断りを入れると、彼女は嫌な顔一つせず分かったと言い、「お仕事頑張ってね!」と励ましてまでくれるのだ。それが一層申し訳無くて――
「仙石君!」
「ひゃいっ!?」
「大丈夫? ……やっぱり疲れちゃった?」
気付けば拙者たちの乗るゴンドラはいつの間にかてっぺんを過ぎて、ぐんぐんと下り始めている最中だった。同じく下ってきた後ろのゴンドラの影が顔に差して、彼女の表情が一層曇っているように見える。
「ち、違うんでござるよ。その――」
言葉に詰まってちらりと外を見遣れば、もうそこまで地面が迫っていた。今から話をするのは難しそうだ。
「……拙者は疲れているわけでも、楽しくないわけでもないでござる。心配させてしまって申し訳ないでござるよ」
「えっと……」
「ちゃんと、後で話すでござる」
ゴンドラが一番下まで辿り着くと、待機していたスタッフがドアを開けてくれた。動くゴンドラからぴょんと地面に飛び降りる。
「あっ」
と、拙者のあとに飛び降りたスミレ殿がバランスを崩して横でよろけるのが目に入った。あっ、と思った次の瞬間には彼女の手を取り、どうにか体を支えてあげることができた。
「おっと……大丈夫でござるか?」
「あっ……あ、ありがとう」
握った彼女の手は、クリスマスの寒空が滲んでるみたいに冷たかった。
――それとは反対に、ぼうっと立ち尽くす彼女の頬はみるみるうちに赤くなっていった。咄嗟のこととは言え、拙者が彼女の手を握っていることに気付いたのは数拍置いてからのことだった。
「あっ――……えっと、その、スミレ殿! イルミネーション行こうでござる!」
「えっ? あっ、待って――」
この手を放したくなくて、居ても立ってもいられなくなった拙者は彼女の手を引いて駆け出した。 彼女は拙者の手を振り解くことなく、ぎゅっと握り返して一緒に走ってくれた。
「あ、あれ、クリスマスツリー!」
二人で手を繋いだまま走ること数分。
隣から声が上がったので、彼女の指差す方に目を向けると、そこには光のドレスを纏った巨大なクリスマスツリーが聳えていた。
「ふおお……! ここに来たとき最初に見たツリーでござる、ここもイルミネーションするんでござるなぁ」
会話が始まったことにより、それまで走っていた二人の足が自然と緩んだ。
クリスマスツリーの向こうには、紛うことなき光の世界が広がっていた。流星隊のライブでファンの皆が作ってくれる光景に似ているけど、木々や建物までもが光っているこの空間は正に『光の世界』と言うべきだろう。
「あっ! 見て、ジェットコースターも!」
「おおっ! すごい、光ってるでござるよ!」
遠くで走るジェットコースターとそのレールも、まるで晴れ空に掛かる虹のようにきらきらと光っている。ふと振り返れば、さっきまで拙者たちが乗っていた観覧車もまるで巨大な向日葵のような輝きを放っていた。
「きれい………」
溜息を吐くような彼女の言葉。その端から白い息が漏れるのが見えた。
色んな色が混ざった光を受ける彼女の横顔が、拙者にはどの光よりも一番綺麗に見える。
彼女との手はまだ繋がれたままだ。拙者は繋いでない方の手をぐっと握ると、口を開いた。
「……あの、スミレ殿」
「うん?」
「そろそろプレゼント交換がしたいでござる」
「ああ! 確かに、そこ座ろっか」
近くのベンチに腰を下ろし、お互いにラッピングされたプレゼントを取り出す。
『プレゼントの交換をしよう』。そう言ったのは彼女の方だった。せっかくのクリスマスデートだから、少しでもたくさんの思い出がある方が良いと思ったのだそうだ。
「あっ、でも予算は千円ね。アイドルのお給料に物言わせるのは禁止だから!」
真剣な顔でそう付け加える彼女がなんだかおかしくて、拙者は思わず吹き出した。
「あははっ、そんなことしないでござるよ。こういうのは気持ちが大事であるからして」
拙者がそう言って笑って見せると、彼女は安心したように微笑んだ。
その日から、来たるクリスマスデートが一層待ち遠しくなったのは言うまでもない。
「じゃあ、開けてもいいでござるか?」
「どうぞ!」
交換を終え、お互いの手にはそれぞれのプレゼントがある状態になった。丁寧に結ばれたリボンをほどくと、中から黒くてモコモコした何かが顔を覗かせた。
「むむっ? これは……?」
「ネックウォーマーだよ! こうやって被れば……ほらっ」
袋から黒いモコモコを取り出したスミレ殿が、ぐるぐると拙者の顔に黒いモコモコを巻いていく。
いや、この巻き方とこの形状は……!!
「もしや忍者頭巾でござるか!?」
「当たり!」
と拙者が言うと同時に彼女が小さな手鏡を差し出してくれた。
拝借して覗くと――なんと、そこには暖かそうな恰好をした忍者がいたのでござる! ただ黒いモコモコに顔周りを覆われているだけなのかと思いきや、忍者らしくちゃんと口元を隠す部分もある。
それでいておしゃれな裏地が付いているお陰で不審者にもならない素敵仕様……! まさに全国の忍者垂涎の一品と言う他なかった。
「すごいすごいっ♪ 防寒具と忍者道具を兼ね備えてるなんて、これ以上素敵なプレゼントは無いでござるよ……☆」
「あはは、そこまで喜んでもらえたなら良かった」
本当はこの後ずっと被っていたかったけど、タグが付いているので一旦カバンにしまった。早速明日から使っちゃおう……☆
「じゃあ、私も開けさせてもらうね」
「どうぞでござる!」
彼女がリボンに指を掛ける。
心を込めて作ったけど、果たして喜んでもらえるだろうか? 彼女が貰ったプレゼントを無下にするところなんて考えられないけど、それでも不安になるのが人のサガというものだ。隣でドキドキしながら彼女の反応を待つ。
「わぁ……クッキーだ! かわいいっ」
湧き上がるような彼女の喜ぶ声にほっと胸を撫で下ろす。うう、引かれなくて良かった……!
拙者が用意したのはクリスマスモチーフのアイシングクッキー。いつも一緒にお菓子を作っている神崎殿と作って、甘いものに目がない朱桜くんに試食をしてもらったから、味には自信がある。
そして、何より大事な想いを込めて大切に作ったクッキーだ。彼女に拙者の気持ちが少しでも伝われば、こんなに嬉しいことはない。
「仙石君……私より女子力高いね」
「あはは、神崎殿と朱桜くんに手伝ってもらったのでござるよ。三人分の女子力でござるな」
彼女は拙者のクッキーを光にかざして眺めている。クリスマスツリー、雪だるま、サンタ……色んなモチーフを作るのは大変だったけど、こうして喜んでくれているところを見られると頑張った甲斐があったというものだ。
「大切に頂くね!」
「気に入ってくれると嬉しいでござる!」
彼女がクッキーをカバンにしまうのを見て、ふう、と息をつく。居住まいを正し、落ち着いて口を開いた。
「あの、スミレ殿。さっき観覧車でしてた話でござるけど」
「うん」
「拙者、実は悩んでいたのでござるよ。その、普段拙者の方が忙しいでござろう? だから、スミレ殿になかなか恋人らしいことをしてあげられず……今日もいつ手を繋ごうかとか、色々考えてたのでござる」
「えっ」
拙者の言葉を聞くと彼女は驚いたように目を丸めた。
「遊園地でクリスマスデートしてる時点ですごくカップルっぽいと思うけど……?」
「うーん、何というか、もっと彼氏らしいことをスミレ殿にしてあげたかったでござるよ」
「彼氏らしい?」
「かっこよくリードしたかったんでござる……具体的には、拙者から手を繋いであげたりしたかったでござるな」
自分からこんなことを言うのはなんだか情けないやら気恥ずかしいやらで、苦笑いで誤魔化しながら心の内を打ち明けた。
拙者の知ってる人……たとえば守沢殿だったら、女の子の手を引いて「さぁ次はここに行こう……☆」なんてリードする姿が想像できる。拙者の勝手な想像でござるけど……。しかしせっかくのクリスマスデートなのだから、せめて手くらいスマートに繋いであげられたら良かった。
「うーん……でも、さっき仙石君が転びそうになった私を支えて、そのままここまで連れて行ってくれたとき、すごく嬉しかったよ?」
「そ、そうなのでござるか?」
彼女の意外な言葉に、今度は拙者が目を丸める番だった。
「うん。仙石君、多分あの時少し恥ずかしかったでしょ?」
「えへへ……バレてたでござるな」
「でもね、あの時手を離さないでいてくれたのが嬉しかったの。仙石君が夢の世界に連れて行ってくれてるみたいで、すごく素敵だった」
――ああ。
この人は、拙者にはもったいないくらい眩しい。拙者は何をうじうじ悩んでいたのだろう。少し恥ずかしそうにはにかむ彼女が、何よりも愛おしく感じられる。
そう、好きなんだ。拙者はスミレ殿のことが好き。
彼女と色々なところに行って、たくさんの素敵なものを見たい。一緒に歌を歌って同じ色を奏でたい。手を繋いで、嬉しい気持ちも悲しい気持ちも分かち合いたい。
ずっと彼女とそうできたら、嬉しいと思う。
「…………スミレ殿」
「うん?」
胸の奥が熱くなって、少しだけ息を整える。
「その………………抱きしめても、いいでござるか?」
「へっ――う、うん、いいよ」
隣に座る彼女に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
小柄な拙者よりも更に少しだけ小さい彼女は、あたたかくてやわらかかった。彼女の持つ優しさをそのまま抱きしめてるみたいで、彼女の温かさが自分の心の中に入ってくるのを感じる。
温かい人を好きになれて良かった。彼女の背中に手を回しながら、しみじみとそう思った。
「……しのぶ、くん」
「――っ、うん」
「私が忍くんといるのは今この瞬間だけじゃないよ」
拙者の背中に回された彼女の腕に、ぎゅっと力がこもる。
「私、これからもずっと忍くんと一緒にいたい」
「拙者もでござるよ。――スミレ、ちゃん」
彼女を強く抱きしめ、ぎゅっと目を閉じる。こうしてないと、なんだか泣いてしまいそうなのだ。色とりどりに瞬くイルミネーションたちが、瞼の裏でぼんやり光っていた。
来年もこうして彼女と過ごせたらいいな。拙者はクリスマスの夜空に瞬く七色の光にそっと願いを託した――まるで流れ星にお願い事をするみたいに。
2025/12/25