数日後。私は初めて行った流星隊のライブで、涙を流していた。
その日は流星隊の単独ライブで、沸き立つ歓声の中、私は彼らの魅力を余すことなく全身で受け止めていた。仙石君以外のメンバーのことは彼からよく聞いていたけど、ステージの上に立つ彼らは想像していたよりも力強くて、そして愛に溢れていた。色とりどりの炎を纏った流星隊は、観客みんなを包み込み一緒に燃え上がるかのようだった。
『黄色い炎は、希望の証! 闇に差しこむ、一筋の奇跡! 流星イエロー! 仙石忍……☆』
自らの名乗り口上を高らかに述べた仙石君は、いつもの忍者ポーズをびしっと決めてみせた。彼が舞うたびに金糸雀色のメッシュヘアーがきらきらと輝く。同年代の男の子と比べて一回り背の小さい仙石君だけど、その日は確かに頼もしいヒーロー戦隊の一人だった。
ジャンルは全く違うけど、私だって歌を歌う人間だ。歌や音楽の持つ力は知っているつもりだったけど、その日流星隊は私が持っていた価値観をひっくり返してくれた。
ライブの終盤、流星隊の五人に『ホントにありがとう』と歌われたとき、いつの間にか涙が流れていたのだ。これまで散々流星隊のみんなから愛と勇気を貰ってきたのに、彼らに『ありがとう』と言われるなんて――こんなに素直なメロディと歌詞で人の心を動かすことができるのか。小さなころから古典音楽ばかりに触れ、ポップスに疎かった私にとって衝撃だった。
完全に流星隊の虜となった私が夢中で黄色く光らせたペンライトを振っていると、パフォーマンス中の仙石君と目が合った。……気がした。前の方で見ていたわけではないし、一瞬のことだったのできっと私のことは認識できなかっただろう。
しかし、ステージ上のアイドルと目が合うと確かに嬉しい気がする。『〇〇くん♡こっち見て』なんて書かれた手作りのうちわを見たことがあるけど、手作りしてでも持っていきたい女の子たちの気持ちが少し分かった気がする。
『だから俺たち……YES! 最高!!!!!』と高らかに歌い上げる彼らを前に私はぼろぼろと涙をこぼしていた。ライブが終わった後、舞台袖へと消えていく彼らとの別れを惜しみながら、手を振るようにペンライトを振った。
「テストとライブ、お疲れ様~!」
でござる!と仙石君の声が続く。大人たちが飲み会でグラスを交わすように、私たちは各々のパックジュースを交わした後じゅー、と飲み物をすすった。
流星隊のライブの後、残ったテストたちをやっつけた私たちは、やっと通常モードに戻ったお昼休みの時間に『お疲れ会』を開いていた。……と言っても、やることはいつもみたいに二人でお昼ご飯を食べてだべるだけだけど。
「スミレ殿。夢ノ咲に来て初めてのテスト、どうだったでござるか?」
「まあまあかな。……でも数学はいつもよりできたかも」
「!」
『数学』という言葉を出すと、仙石君は隣で目を輝かせた。この様子だけ見ると、まるで忍者ではなく数学が好きな少年のように見える。
「むふん♪ 拙者も珍しく、数学には自信があるのでござる! 何て言ったって、スミレ殿が教えてくれた問題がそのまま出たでござるからな! 忍法、数学の術でござる……☆」
そう、あの日二人で勉強した問題が、なんとそのままテストで出題されたのである。試験中問題を見て気付いた私は心の中で密かにガッツポーズをしたのだが、仙石君も同じだったなら二人で考えた甲斐もあったというものだ。
「ふふ。二人とも成績アップかもね」
「きっとそうでござる! スミレ殿には本当に感謝しかないでござる、この前のライブにも来てくれたでござるし♪」
「! そうだ、ライブすごく良かったよ!」
今度は逆にこちらが目を輝かせる番だった。ライブが終わってから今日まで仙石君と会っていなかったので、感想を伝えたくてうずうずしていたのだ。
「私、アイドルのライブって初めて行ったんだけどすごく楽しかった! 歌って踊るのって大変そうだなってなんとなく思ってるだけだったけど、実際見たらやっぱり仙石君たちってプロなんだなぁって思ったな。流星隊の仙石君、すごくかっこよかったよ!」
目を閉じライブの光景を思い出しながら話していた私は、仙石君からの反応がないことにはっと気が付いた。話過ぎたかと慌てて彼の方を見ると、惚けたような顔をしている彼と目が合う。予想していなかった表情に、つい胸がドキっとした。
「せ、仙石君……?」
「……はっ! か、堪忍でござる、スミレ殿がそんなに喜んでくれていたのが嬉しくて、つい」
堪忍と謝る彼は慌てて手を左右に振るが、顔は赤く口元はにやにやしていて――どう見ても嬉しい気持ちを堪えられていない。そんな彼の姿がおかしくて、つい吹き出してしまった。
「あはは、本当に嬉しそう」
「うう……恥ずかしいでござる……」
仙石君は決まり悪そうに俯くと、手元のパックジュースをじゅーと啜った。みるみるうちにパックが細くなっていく。
「……拙者、実はアイドルじゃない友達にライブに来てもらったのが初めてなのでござる。アイドルの友達はいるけど、夢ノ咲に来るまでは友達がいなかったでござるから……スミレ殿に流星隊のライブを楽しんでもらえたのが、本当に嬉しかったでござる」
彼は俯いたまま、だけど少しずつ言葉を紡いでくれた。
昔の仙石君に友達がいなかったなんて知らなかった。もしそれが本当なら、初めて出来たアイドルじゃない友達に自分のライブに来てもらえて、しかもそのライブを褒めてもらえて――その喜びは簡単に想像できる。
もし仙石君が私の歌を聴きたいって言ってくれたら――私はまだ歌の仕事をしたことがないけど、それでも自分の歌に興味を持ってくれることは嬉しいことだ。照れ臭い気持ちもあると思うけど、ぜひ聴いてほしい、って返すだろう。
「うん。私はもう流星隊のファンだよ」
「……! スミレ殿からそんな言葉を聞くことになるなんて――拙者、感謝感激雨あられでござる!!」
今度は仙石君のほうが泣きそうな勢いで感激している。ころころ変わる彼の表情はやっぱり見てて面白い。
「今度のライブも、ぜひスミレ殿に来てほしいでござる……☆ それまでに拙者、たくさんレッスン頑張るでござるから!」
「うん、次も絶対行くよ!」
私の返事を聞くと、仙石君はいつもの子供みたいな笑顔を浮かべた。もう高校二年生、十七歳になるのにここまで純粋な笑顔を浮かべられる彼が少し羨ましい。
その後も他愛ない会話を交わすうち、いつの間にか時間が来て予鈴が鳴り響いた。
「あ……じゃあ、そろそろだね」
「そうでござるな……」
私が広げたお弁当を片付ける横で、仙石君は身支度をしようとしない。どうしたんだろうと不思議に思いつつ片付けを進めていると、不意に仙石君が口を開いた。
「えっと……。その、拙者たち週一でしか会ってないでござるけど。良かったら、もう少し会いたいでござる。その、スミレ殿と話すのが楽しくて……」
「!」
彼の言葉に、心が躍った。私も仙石君と過ごす時間は楽しくて、もっと一緒にいられたらいいのにと思っていた。彼も同じ気持ちだったのが嬉しかった。
「私も、もっと仙石君と会いたい!」
……仙石君と、会いたい。
そんな素直な気持ちを声に出しただけのつもりなのに、なぜか胸の鼓動が止まらない。流星隊のライブを見ていた時もずっと胸がドキドキしてたけど、それとは少し違うような……。
私が違和感を追いかけ始めるより前に仙石君の顔に笑顔の花が咲いたので、そんなモヤモヤも吹っ飛んでしまった。
「うわぁい♪ じゃあじゃあ、早速明日のお昼も会いたいでござる!」
「いいよ! じゃあまた明日!」
「明日でござる!」
仙石君に手を振り、アイドル科の方へ歩いていく彼の後姿を見送った後、私も声楽科の方へと歩き始めた。
ああ、友達と仲良くなれるってやっぱり嬉しいな。最初は変わった男の子だなと思っていたけど、彼と話すうち誰よりも素直な心を持った子なのだと知った。そんな彼のことをもっと知りたいと思っていたけど、仙石君も私と話したいと思ってくれていたことが、嬉しかった。
……どうしよう、こんなに誰かと次に会うのが楽しみだなんて、初めてかもしれない。胸の奥がどうしてもくすぐったいような気がして、たまらない。
やがて鳴り響いた本鈴のチャイムに急かされるようにして、私は次の授業に急いだ。
その日は流星隊の単独ライブで、沸き立つ歓声の中、私は彼らの魅力を余すことなく全身で受け止めていた。仙石君以外のメンバーのことは彼からよく聞いていたけど、ステージの上に立つ彼らは想像していたよりも力強くて、そして愛に溢れていた。色とりどりの炎を纏った流星隊は、観客みんなを包み込み一緒に燃え上がるかのようだった。
『黄色い炎は、希望の証! 闇に差しこむ、一筋の奇跡! 流星イエロー! 仙石忍……☆』
自らの名乗り口上を高らかに述べた仙石君は、いつもの忍者ポーズをびしっと決めてみせた。彼が舞うたびに金糸雀色のメッシュヘアーがきらきらと輝く。同年代の男の子と比べて一回り背の小さい仙石君だけど、その日は確かに頼もしいヒーロー戦隊の一人だった。
ジャンルは全く違うけど、私だって歌を歌う人間だ。歌や音楽の持つ力は知っているつもりだったけど、その日流星隊は私が持っていた価値観をひっくり返してくれた。
ライブの終盤、流星隊の五人に『ホントにありがとう』と歌われたとき、いつの間にか涙が流れていたのだ。これまで散々流星隊のみんなから愛と勇気を貰ってきたのに、彼らに『ありがとう』と言われるなんて――こんなに素直なメロディと歌詞で人の心を動かすことができるのか。小さなころから古典音楽ばかりに触れ、ポップスに疎かった私にとって衝撃だった。
完全に流星隊の虜となった私が夢中で黄色く光らせたペンライトを振っていると、パフォーマンス中の仙石君と目が合った。……気がした。前の方で見ていたわけではないし、一瞬のことだったのできっと私のことは認識できなかっただろう。
しかし、ステージ上のアイドルと目が合うと確かに嬉しい気がする。『〇〇くん♡こっち見て』なんて書かれた手作りのうちわを見たことがあるけど、手作りしてでも持っていきたい女の子たちの気持ちが少し分かった気がする。
『だから俺たち……YES! 最高!!!!!』と高らかに歌い上げる彼らを前に私はぼろぼろと涙をこぼしていた。ライブが終わった後、舞台袖へと消えていく彼らとの別れを惜しみながら、手を振るようにペンライトを振った。
「テストとライブ、お疲れ様~!」
でござる!と仙石君の声が続く。大人たちが飲み会でグラスを交わすように、私たちは各々のパックジュースを交わした後じゅー、と飲み物をすすった。
流星隊のライブの後、残ったテストたちをやっつけた私たちは、やっと通常モードに戻ったお昼休みの時間に『お疲れ会』を開いていた。……と言っても、やることはいつもみたいに二人でお昼ご飯を食べてだべるだけだけど。
「スミレ殿。夢ノ咲に来て初めてのテスト、どうだったでござるか?」
「まあまあかな。……でも数学はいつもよりできたかも」
「!」
『数学』という言葉を出すと、仙石君は隣で目を輝かせた。この様子だけ見ると、まるで忍者ではなく数学が好きな少年のように見える。
「むふん♪ 拙者も珍しく、数学には自信があるのでござる! 何て言ったって、スミレ殿が教えてくれた問題がそのまま出たでござるからな! 忍法、数学の術でござる……☆」
そう、あの日二人で勉強した問題が、なんとそのままテストで出題されたのである。試験中問題を見て気付いた私は心の中で密かにガッツポーズをしたのだが、仙石君も同じだったなら二人で考えた甲斐もあったというものだ。
「ふふ。二人とも成績アップかもね」
「きっとそうでござる! スミレ殿には本当に感謝しかないでござる、この前のライブにも来てくれたでござるし♪」
「! そうだ、ライブすごく良かったよ!」
今度は逆にこちらが目を輝かせる番だった。ライブが終わってから今日まで仙石君と会っていなかったので、感想を伝えたくてうずうずしていたのだ。
「私、アイドルのライブって初めて行ったんだけどすごく楽しかった! 歌って踊るのって大変そうだなってなんとなく思ってるだけだったけど、実際見たらやっぱり仙石君たちってプロなんだなぁって思ったな。流星隊の仙石君、すごくかっこよかったよ!」
目を閉じライブの光景を思い出しながら話していた私は、仙石君からの反応がないことにはっと気が付いた。話過ぎたかと慌てて彼の方を見ると、惚けたような顔をしている彼と目が合う。予想していなかった表情に、つい胸がドキっとした。
「せ、仙石君……?」
「……はっ! か、堪忍でござる、スミレ殿がそんなに喜んでくれていたのが嬉しくて、つい」
堪忍と謝る彼は慌てて手を左右に振るが、顔は赤く口元はにやにやしていて――どう見ても嬉しい気持ちを堪えられていない。そんな彼の姿がおかしくて、つい吹き出してしまった。
「あはは、本当に嬉しそう」
「うう……恥ずかしいでござる……」
仙石君は決まり悪そうに俯くと、手元のパックジュースをじゅーと啜った。みるみるうちにパックが細くなっていく。
「……拙者、実はアイドルじゃない友達にライブに来てもらったのが初めてなのでござる。アイドルの友達はいるけど、夢ノ咲に来るまでは友達がいなかったでござるから……スミレ殿に流星隊のライブを楽しんでもらえたのが、本当に嬉しかったでござる」
彼は俯いたまま、だけど少しずつ言葉を紡いでくれた。
昔の仙石君に友達がいなかったなんて知らなかった。もしそれが本当なら、初めて出来たアイドルじゃない友達に自分のライブに来てもらえて、しかもそのライブを褒めてもらえて――その喜びは簡単に想像できる。
もし仙石君が私の歌を聴きたいって言ってくれたら――私はまだ歌の仕事をしたことがないけど、それでも自分の歌に興味を持ってくれることは嬉しいことだ。照れ臭い気持ちもあると思うけど、ぜひ聴いてほしい、って返すだろう。
「うん。私はもう流星隊のファンだよ」
「……! スミレ殿からそんな言葉を聞くことになるなんて――拙者、感謝感激雨あられでござる!!」
今度は仙石君のほうが泣きそうな勢いで感激している。ころころ変わる彼の表情はやっぱり見てて面白い。
「今度のライブも、ぜひスミレ殿に来てほしいでござる……☆ それまでに拙者、たくさんレッスン頑張るでござるから!」
「うん、次も絶対行くよ!」
私の返事を聞くと、仙石君はいつもの子供みたいな笑顔を浮かべた。もう高校二年生、十七歳になるのにここまで純粋な笑顔を浮かべられる彼が少し羨ましい。
その後も他愛ない会話を交わすうち、いつの間にか時間が来て予鈴が鳴り響いた。
「あ……じゃあ、そろそろだね」
「そうでござるな……」
私が広げたお弁当を片付ける横で、仙石君は身支度をしようとしない。どうしたんだろうと不思議に思いつつ片付けを進めていると、不意に仙石君が口を開いた。
「えっと……。その、拙者たち週一でしか会ってないでござるけど。良かったら、もう少し会いたいでござる。その、スミレ殿と話すのが楽しくて……」
「!」
彼の言葉に、心が躍った。私も仙石君と過ごす時間は楽しくて、もっと一緒にいられたらいいのにと思っていた。彼も同じ気持ちだったのが嬉しかった。
「私も、もっと仙石君と会いたい!」
……仙石君と、会いたい。
そんな素直な気持ちを声に出しただけのつもりなのに、なぜか胸の鼓動が止まらない。流星隊のライブを見ていた時もずっと胸がドキドキしてたけど、それとは少し違うような……。
私が違和感を追いかけ始めるより前に仙石君の顔に笑顔の花が咲いたので、そんなモヤモヤも吹っ飛んでしまった。
「うわぁい♪ じゃあじゃあ、早速明日のお昼も会いたいでござる!」
「いいよ! じゃあまた明日!」
「明日でござる!」
仙石君に手を振り、アイドル科の方へ歩いていく彼の後姿を見送った後、私も声楽科の方へと歩き始めた。
ああ、友達と仲良くなれるってやっぱり嬉しいな。最初は変わった男の子だなと思っていたけど、彼と話すうち誰よりも素直な心を持った子なのだと知った。そんな彼のことをもっと知りたいと思っていたけど、仙石君も私と話したいと思ってくれていたことが、嬉しかった。
……どうしよう、こんなに誰かと次に会うのが楽しみだなんて、初めてかもしれない。胸の奥がどうしてもくすぐったいような気がして、たまらない。
やがて鳴り響いた本鈴のチャイムに急かされるようにして、私は次の授業に急いだ。
2025/06/25
Titled by icca