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星のひとかけ
 あの日から、仙石君とお昼を食べる日ができた。
 お互い自分の学科に友達がいるので頻度は週一回くらい。まだ本格的に暑くなる前の季節であることもあって、晴れの日は外のベンチで並んで一緒にご飯を食べた。
 仙石君はいつも手作りのきっちりしたお弁当を持ってくる。ある日自分で作ってるのかと聞いてみたら、お母さんに作ってもらっていると返ってきて、料理はお母さんから教えてもらったのかなと思った。

「もうすぐテストだね~」
「むぅ……そ、そうでござるな……」

 多くの学科を擁する夢ノ咲学院だが、定期試験の日程は全学科共通である。仙石君によるとアイドル科は『ドリフェス』と呼ばれるライブ対決のようなもので成績の多くが決められるらしい。声楽科にはドリフェスのような制度はないけど、やはり実技試験が多い。
 が、夢ノ咲学院も数多くある高校の一つなので、一応現国とか数学、英語の授業があってそれぞれテストが行われるのだ。まあ、別に多少悪い点を取ったとしても専門科目さえ頑張れば留年は免れるが、あまりにも赤点を取りまくると留年の危険が一応あるらしい。

「拙者、日本史には自信があるでござるが……他の教科は苦手なタイプの忍者なのでござる。本当は勉強ができて頭のキレる忍者になりたいのでござるが……」

 私の成績は平均くらいと特に面白味のないものだけど、仙石君は勉強に自信が無いようだった。隣で肩を落とす彼はいつもより小さく見える。

「う〜ん。テスト範囲ってアイドル科も声楽科も同じなのかな?」
「うん、同じだったはずでござる。というより、確か先生が同じだったような気がするでござるな?」

 確かに、そういえば数学の先生が『夢ノ咲は専門科目にお金を割きまくってるから普通の教科の先生は使い回しだ』とかなんとかぼやいてたっけ。じゃあ、話は早いかな。

「それなら、一緒にテスト勉強する?」

 私がそう提案すると、彼の黄金こがねの瞳が一際大きく見開かれた。初夏の陽の光が差し込んで、まるで宝石みたいにきらっと輝く。

「えっ! 拙者にとっては有り難い提案でござるが、スミレ殿の勉強の邪魔にならないでござろうか?」
「私もどうせ一人じゃ集中できないしね。すごく教えられるわけじゃないけど、それでもいいなら」
「おぉ……! スミレ殿がいれば百人力でござるっ、拙者次のテストでは本気出すでござる☆」

 握りこぶしを胸の前でかざし、気合十分な仙石君。私にとってもこれが夢ノ咲に転校してきてから初めてのテストだし、せっかく友達と勉強するのなら頑張ってみようかな。
◆ ◆ ◆

「うう~。公式が多くて、どれに代入すればいいかわからないでござる……」

 数日後――机の上でシャーペン片手に唸る仙石君。彼の席にはほうじ茶ラテ。そう、私たちはカフェで勉強することになったのだ。まあ、もうお仕事をこなしている仙石君と違って私はお金があるわけじゃないので、学校の近所のお手頃なお店にしてもらったのだけど。
 お互い苦手な数学から片付けてしまおう、ということでひとまず課題を解きながら勉強することになったのだが、仙石君の方は難航しているようだ。
 彼の問題を見せてもらい、教科書と問題集、交互に視線を移す。私にとっても少し難しい問題だったけど、解説が言わんとする意図をなんとか汲み取ろうと頭を働かせてみた。

「……あ。これって、ここの数を見て判断するんじゃない? ほら、これが――」

 私も別に頭が良いわけじゃないから要領の得ない説明だったと思うけど、仙石君は「うんうん」と私の解説を聞き、一通り聞き終わった後自分のノートに数式を連ねた。彼は書き終わると、さっきまでの曇り顔からは一転晴れやかな顔でノートを自らの前に掲げ、自分の書いた数式を嬉しそうに見ていた。

「おぉ……!! すごいすごい♪ スミレ殿は天才でござるっ、拙者一人じゃきっと分からなかったでござるよ……☆」

 うししと笑う仙石君は問題が解けたのがよっぽど嬉しかったのか、にこにこ笑顔を浮かべている。

「あはは、ちゃんと伝わって良かった。この問題結構難しいから、私も多分仙石君がいなかったら諦めてたよ」
「そうなのでござるか? 拙者だけじゃなくてスミレ殿のためにもなっているなら良かったでござる……☆」

 彼はふぅと一息つくと、右手のほうじ茶ラテに手を伸ばした。それをきっかけに私も自分のドリンクに手を伸ばす。ひとしきりドリンクを飲んだ私たちは後ろの背もたれにぼんやり体重を預けた。

「はふぅ……。ちょっぴり疲れたでござるな……拙者、ここまで頑張ってテスト勉強するのは初めてでござる」

 ふと時間を確認すると結構な時間が経っていたようだ。それまで張り詰めていた集中モードはほどけ、いつの間にか私たちの雰囲気は休憩モードに切り替わっていた。

「『流星隊』のメンバーと勉強したりはしないの?」
「む~ん。前に鉄虎くんと翠くんと勉強したことはあるけど、拙者たち成績が横並びなのでござる。だからなかなか捗らなくて……いつの間にかやらなくなっちゃったでござるな。情けないとは思うけど、夢ノ咲では赤点さえ回避すれば良いでござるから」

 昼休みに仙石君と話すうち、『流星隊』のことは少しずつ覚えてきた。五人グループで、正義を守るヒーローをうたうユニットであること。メンバーは先輩二人と仙石君たち後輩三人で成っていること。仙石君にとって『流星隊』は自分の好きなものでなりたいものを受け入れてくれた場所で、ずっと守っていきたいものであること。
 『流星隊』の話をしてくれる仙石君の表情は、いつも明るかった。

「でも、今日はスミレ殿のおかげでちょっぴり数学が分かるようになったのでござる! 次のテストではきっと成績アップでござる♪」
「ふふ。次のテストの点、勝負する?」
「えっ! そ、それは、多分拙者が負けちゃうでござる……!」
「仙石君日本史得意なんでしょ? わかんないよ?」
「うう〜……!」

 仙石君は本当に素直で分かりやすい男の子だ。目の前でわたわたと慌てる仙石君が面白くて、ついからかってしまう。テストの点勝負なんて勝っても負けても、専門科目が本命なはずの私たちには関係無いはずなのに……。

「あはは、冗談だよ。テストも大事だけど、仙石君は『流星隊』に集中しなきゃ」
「むぅ、確かにでござる……。勉強は大人になってもできるけど、流星隊の活動は今しかできないでござる。大事なものがたくさんあるのは有り難いでござるが、こうも忙しいとどうしても大変だと思ってしまうでござるな」

 困ったように笑って見せる仙石君。彼のほうじ茶ラテは、そろそろ終わりに近づいていた。

「でも、『流星隊』のことを話すときの仙石君はすごく楽しそうだよ。大事な場所なんだなっていうのが伝わってくる」
「うん。……守沢殿、深海殿、鉄虎くん、翠くん。そして拙者――星はどの一辺が欠けてもだめだと守沢殿は言っていたでござる。それに最近は流星隊のファンも増えてきていて、拙者にも手紙やプレゼントを渡してくれる人がいるのでござる! 拙者は仲間にもファンにも恵まれて、本当に幸せ者でござるよ……☆」

 そう言ってごそごそと自身のリュックをまさぐる仙石君。すると、見覚えのあるモノが出てきた。

「あ、それ……」
「そう! あの日、スミレ殿に拾ってもらったポーチでござる。ファンの皆にもらったプレゼントをこれに入れて、元気が欲しいときにこっそり見るのでござる……☆」
「大事なものだったんだね」
「そうでござる。落としたと気付いたときは肝が冷えたけど、スミレ殿に拾ってもらえて良かったでござる! だからあなたは『命の恩人』なのでござるよ!」

 あの日目の前でそうしたように、彼は手裏剣ポーチを胸の前で抱きしめた。その顔は今まで見た中で一番穏やかな顔をしていて、彼の守りたいものの全てが詰まっているのだろうな、と思った。
 ――もっと『流星隊』の、仙石君の輝きを見てみたい。こうして目の前で語ってくれるだけでもこんなに輝いて見えるのだ、ステージの上だったらもっと眩しいはず。私も、彼の光を見てみたい。きっと流星みたいに煌めいてるんだ――そう思った。

「……ねえ、『流星隊』の次のライブっていつなの?」
「うん? 一番近いのは来週の水曜日でござるけど……?」
「えっ、テスト真っただ中じゃん」
「たはは、実はそうなのでござる……。でもテストだけが理由なら、お仕事はあまり断りたくないでござるしな」

 来週の水曜日はテスト期間の中日、最も気の抜けない日――なんなら、数学のテストがあるのも水曜日だ。でも関係ない。だってそれは仙石君も、他の『流星隊』のメンバーも同じだからだ。

「……私、そのライブ行きたい!」
「えっ!? スミレ殿がでござるか?」
「うん。仙石君が大事にしてる『流星隊』を、私も一度見てみたいんだ。それに、アイドルのライブにも一度行ってみたかったし♪」
「……!」

 私の言葉を聞くと仙石君は一瞬驚いたような顔を見せたあと、きらきらと目を輝かせた。普段は長い前髪で隠れている彼の片目も、一緒に輝いているのが伝わってくる。

「ぜひ! 来てほしいでござるっ、スミレ殿が来てくれたら拙者とっても嬉しいでござる♪」

 そう言ってその日一番の笑顔を見せた仙石君。彼の笑顔はまだ幼さの残る顔立ちと、白い歯が印象的だった。

「『流星隊』のライブに行っても、テストの点は負けないからね?」
「えっ! テストの勝負ってまだ続いてたでござるか!? どうか堪忍、堪忍……!」

 けらけらと笑う私の声が、空っぽになったグラスにこだまする。ドリンクの氷はすっかり溶け、グラスからは結露した水滴がつうと流れ落ちていた。
 憂鬱なテスト期間に、一つ楽しみが増えた。仙石君の輝きを見られる日が今から楽しみだ。家に帰ったらもう少しだけ勉強しようかな、なんて思ってみるのだった。

2025/06/16