「さぁ、どうぞ召し上がれでござる!」
彼の元気な声とともに、色とりどりの食べ物がぎっしり詰まったお弁当が顔を出した。白ご飯、卵焼き、から揚げにプチトマト。『お弁当』と聞いてみんなが想像する具材たちが行儀よくお弁当箱に収まっている。
「うわぁ! すごい、本当に全部いただいてもいいの?」
「もちろんでござる! あなたは拙者の『命の恩人』でござるからな……☆」
隣でにししと歯を見せて笑う仙石君。『命の恩人』なんて大仰な言葉だと思うが、彼の笑顔からは本気でそう思っていることが伝わってきて、こちらの方がなんだか恥ずかしい気持ちだった。
事の発端は、一週間前。その日の授業を終え今日は帰ろうと校門まで歩いていると、道の端に黒い何かが落ちていることに気づいた。明らかに置き去りにされたようなそれがなんだか可哀そうで、好奇心から拾って手に取ってみた。
「なんだろう?」
手のひらサイズくらいのそれは手裏剣の形をしているけど布製で薄く、投げたりして遊ぶ用途で使うモノではない気がする。振ってみるとカチャカチャと何かが入っているような音がした。よく見るとチャックが付いていて、なるほど手裏剣型のポーチらしい。モノを収納するには明らかに不便な形だと思うけど、だからこそこのポーチの持ち主は大事に使っているんじゃないかと思った。辺りを見回すが人影は少なく、持ち主らしい人はいなかった。
「仕方ない……職員室に預けよう」
夢ノ咲学院は日本でも珍しい、アイドル科を持つ学校の一つだ。しかもなかなかの名門で、在学中からアイドルとして名を上げる生徒も少なくない。もしこの手裏剣ポーチがそんなアイドル科の生徒の持ち物だったら、色々と危ない気がする。ちょっと面倒だけどさっさと職員室に預けてしまって、そんなリスクからはおさらばしてしまおう。
そう思った私が踵を返した、その時だった。
「そこのあなた!! 拙者のポーチを拾ってくれたのでござるかっ!?」
誰かの声が頭上から聞こえたかと思うと、木の上からシュタッ、と男の子が降りてきた。桔梗色の髪の彼の身のこなしは軽く、さながら忍者のようだ。
「は!? えっ!?」
「はっ……申し遅れたでござる。拙者は仙石忍、アイドル科の二年でござる!」
「えっ? わ、私はスミレです。声楽科の二年です」
理解が追い付かぬまま、気付いたら何故か自己紹介をしていた。彼は私と同じ色のネクタイをしているから、彼の自己紹介にもあった通り同じ学年らしい。
「して、あなたのそのポーチなのでござるが。拙者のものなので、返してもらえると嬉しいでござる」
「あっ、うん。どうぞ」
彼の登場の仕方に圧倒されてぼんやりしていたが、確かにそんなことを言っていた。彼にポーチを渡すと、愛おしそうにポーチを抱きしめた後、ぱっと顔を明るくさせた。
「ありがとうでござる! あなたは『命の恩人』でござるな!」
「……」
喜色満面の彼とは反対に、私の頭上にはハテナがたくさん浮かんでいた。拙者? ござる? この子は忍者なの? 『命の恩人』? そんなに大事なものが入ってるのかな? ……。
「スミレ殿、良かったら後日お礼をさせてほしいでござる!」
「えっ!? いいよ、元々職員室に預けるつもりだったんだし」
「おぉ……! 拾ってくれただけでなく盗られないように先生に預けようとしてくれたんでござるか!? やっぱりお礼させてほしいでござる!」
「えぇ…………そ、そこまで言うなら……」
恐らくだけど、中途半端に断ったところで彼は引き下がらないだろう。断る強い理由があるわけでもなかったので、彼の『お礼』を受け入れることにした。
「うわぁい、良かったでござる! スミレ殿は好きな食べ物あるでござるか? 良かったら拙者がお昼ご飯を作るのでござる♪」
「えっ!? いいよそんな、大変じゃない?」
「心配無用でござる! 拙者、おむすびや兵糧丸を手作りすることもあって料理には手慣れてるでござるからな……♪」
「…………」
何気なく拾ったポーチがここまで発展するとは……。あれよあれよと言う間に、一週間後の昼休みに仙石君とお昼を共にすることになったのである。
「いただきます」
まるで宝石箱みたいなお弁当を前に手を合わせ、玉子焼きを口の中へ運ぶ。男の子の手作りお弁当なんて、初めてだ……さぁ、お味は……。
「……! おいしい!」
口の中で広がる、ほどよい醤油の風味。甘味は控えめだけど、塩辛すぎることもなくきれいにまとまった味だ。形も綺麗だし、作り慣れているのだろうか。
「おお、本当でござるか!? 良かったでござる! 拙者、すごく緊張したのでござる……!」
隣でほっと胸をなでおろす仙石君。私はほぼ初対面の男子の手作りのお弁当を食べるのに緊張していたけれど、彼は彼で緊張していたらしい。
「玉子焼き、上手だね」
「ありがとうでござる! 『流星隊』の現場ではお弁当を頂けるときもあるのでござるが、駆け出しの頃はケータリングが無い現場も多くて。お金もたくさんあるわけじゃないし、自分で作っていたら慣れちゃったのでござる」
「『流星隊』……」
仙石君はアイドル科だと聞いていたので、きっと彼の所属するアイドルユニットの名前なのだろう。でもその名前はぼんやり聞いたことがある程度で、私にとっては馴染みのある名前ではなかった。
「むむ? そういえば拙者、アイドル科の二年と名乗っただけで『流星隊』のことは話していなかったでござるな。拙者、『流星隊』の流星イエローとして、忍者の良さを広めるためにアイドル活動をしているのでござる」
そう言うと仙石君は自身のスマホを取り出し、『流星隊』の写真を見せてくれた。写真の中の彼はステージの上で手裏剣を持ち、かっこいいポーズを取っている。
……忍者。そういえばずっと私の中で引っかかって、聞きたかったことがある。
「仙石君は、……忍者なの?」
お弁当箱のから揚げに箸を伸ばしながら、単刀直入に尋ねてみた。
夢ノ咲のアイドル科の生徒は癖が強い人ばかりだって風の噂では聞いていたけど、正直ここまで癖が強いとは思わなかった。夢ノ咲出身のアイドルユニットで有名どころと言えば『fine』とか『Knights』とかだと思うけど、テレビで見る分には普通の人たちばかりだと思う。
仙石君と初めて話した時から、ずっとその言葉遣いに疑問を抱いていた。『拙者』とか『ござる』とか、まるで彼自身が忍者であるかのような話し方。およそ一般的な男子高校生らしくない話し方には、私だけでなく誰もが首を傾げるだろう。
彼は私に尋ねられるとまた顔を明るくして、次の瞬間には両手を組み合わせて忍者がよくやるあのポーズを取っていた。
「……! 一人前の忍者になるために、修行中でござる!」
「そうなんだ。もうすでに結構忍者っぽいけど」
「ほ、本当でござるか……!? スミレ殿からそう見えてるなら嬉しいでござるな……☆」
にしし、と照れ臭そうに頭を掻く仙石君。彼がどうして忍者にこだわっているのかは分からないけど、彼の嬉しいという言葉は本当なのだろうなと思った。
「……あ、あの、スミレ殿」
「うん?」
先ほどまでとは打って変わって、自信なさげに眉を下げる仙石君。
「良かったらその、拙者と、お友達になってほしいのでござるっ」
もじもじとした態度から、一気に言葉を言い切った彼。また急な、と返す言葉を考えていると仙石君の言葉が続いた。
「その、拙者……アイドル科に友達はできてきたのでござるが、恥ずかしながら他学科の友達はまだいないのでござる。スミレ殿と知り合えたのも何かの縁、これからもこうして会ってお話する仲になってはもらえないでござろうか?」
不安そうな顔で尋ねる仙石君。彼の言葉を聞いて、確かに私も他学科の友達はいないなと思った。
夢ノ咲は今年共学化したばかりで、まだまだ女子生徒は少ない。それに私は最初から夢ノ咲だったわけではなく今年転校してきたばかりだったので、友達ができるとなれば私にとっても嬉しいことだった。
「うん、いいよ。私も友達が欲しいなと思ってたし」
「本当でござるかっ? この前はポーチを拾ってもらえたのがありがたくてグイグイ話しちゃったけど、本当はウザかったりしてないでござるか?」
「えっ、ウザくなんかないよ、むしろ私も友達になってくれたら嬉しいよ?」
心配そうに言葉を掛ける彼だけど、なんだか今更なような……? そんな気持ちをぐっと呑み込んで返事をすると、仙石君はまた表情を変え、両手をばんざいの形で大きく上げた。
「うわぁい、やったでござる! スミレ殿が声楽科の友達第一号でござる……☆」
そう言ってニコニコと嬉しそうな表情を浮かべる仙石君。よく表情が変わるので、なんだか見てて面白い。
彼のことはまだ分からないことだらけだけど、素直な良い子なんだな、ということはよく分かった。アイドルの男の子と友達になるなんて初めてだけど、せっかく同い年のアイドルと知り合えたんだし、これから仲良くなれたらいいな。
太陽の下、彼の作ってくれたお弁当をもぐもぐと食べながらそんなことを考えていた。
彼の元気な声とともに、色とりどりの食べ物がぎっしり詰まったお弁当が顔を出した。白ご飯、卵焼き、から揚げにプチトマト。『お弁当』と聞いてみんなが想像する具材たちが行儀よくお弁当箱に収まっている。
「うわぁ! すごい、本当に全部いただいてもいいの?」
「もちろんでござる! あなたは拙者の『命の恩人』でござるからな……☆」
隣でにししと歯を見せて笑う仙石君。『命の恩人』なんて大仰な言葉だと思うが、彼の笑顔からは本気でそう思っていることが伝わってきて、こちらの方がなんだか恥ずかしい気持ちだった。
事の発端は、一週間前。その日の授業を終え今日は帰ろうと校門まで歩いていると、道の端に黒い何かが落ちていることに気づいた。明らかに置き去りにされたようなそれがなんだか可哀そうで、好奇心から拾って手に取ってみた。
「なんだろう?」
手のひらサイズくらいのそれは手裏剣の形をしているけど布製で薄く、投げたりして遊ぶ用途で使うモノではない気がする。振ってみるとカチャカチャと何かが入っているような音がした。よく見るとチャックが付いていて、なるほど手裏剣型のポーチらしい。モノを収納するには明らかに不便な形だと思うけど、だからこそこのポーチの持ち主は大事に使っているんじゃないかと思った。辺りを見回すが人影は少なく、持ち主らしい人はいなかった。
「仕方ない……職員室に預けよう」
夢ノ咲学院は日本でも珍しい、アイドル科を持つ学校の一つだ。しかもなかなかの名門で、在学中からアイドルとして名を上げる生徒も少なくない。もしこの手裏剣ポーチがそんなアイドル科の生徒の持ち物だったら、色々と危ない気がする。ちょっと面倒だけどさっさと職員室に預けてしまって、そんなリスクからはおさらばしてしまおう。
そう思った私が踵を返した、その時だった。
「そこのあなた!! 拙者のポーチを拾ってくれたのでござるかっ!?」
誰かの声が頭上から聞こえたかと思うと、木の上からシュタッ、と男の子が降りてきた。桔梗色の髪の彼の身のこなしは軽く、さながら忍者のようだ。
「は!? えっ!?」
「はっ……申し遅れたでござる。拙者は仙石忍、アイドル科の二年でござる!」
「えっ? わ、私はスミレです。声楽科の二年です」
理解が追い付かぬまま、気付いたら何故か自己紹介をしていた。彼は私と同じ色のネクタイをしているから、彼の自己紹介にもあった通り同じ学年らしい。
「して、あなたのそのポーチなのでござるが。拙者のものなので、返してもらえると嬉しいでござる」
「あっ、うん。どうぞ」
彼の登場の仕方に圧倒されてぼんやりしていたが、確かにそんなことを言っていた。彼にポーチを渡すと、愛おしそうにポーチを抱きしめた後、ぱっと顔を明るくさせた。
「ありがとうでござる! あなたは『命の恩人』でござるな!」
「……」
喜色満面の彼とは反対に、私の頭上にはハテナがたくさん浮かんでいた。拙者? ござる? この子は忍者なの? 『命の恩人』? そんなに大事なものが入ってるのかな? ……。
「スミレ殿、良かったら後日お礼をさせてほしいでござる!」
「えっ!? いいよ、元々職員室に預けるつもりだったんだし」
「おぉ……! 拾ってくれただけでなく盗られないように先生に預けようとしてくれたんでござるか!? やっぱりお礼させてほしいでござる!」
「えぇ…………そ、そこまで言うなら……」
恐らくだけど、中途半端に断ったところで彼は引き下がらないだろう。断る強い理由があるわけでもなかったので、彼の『お礼』を受け入れることにした。
「うわぁい、良かったでござる! スミレ殿は好きな食べ物あるでござるか? 良かったら拙者がお昼ご飯を作るのでござる♪」
「えっ!? いいよそんな、大変じゃない?」
「心配無用でござる! 拙者、おむすびや兵糧丸を手作りすることもあって料理には手慣れてるでござるからな……♪」
「…………」
何気なく拾ったポーチがここまで発展するとは……。あれよあれよと言う間に、一週間後の昼休みに仙石君とお昼を共にすることになったのである。
「いただきます」
まるで宝石箱みたいなお弁当を前に手を合わせ、玉子焼きを口の中へ運ぶ。男の子の手作りお弁当なんて、初めてだ……さぁ、お味は……。
「……! おいしい!」
口の中で広がる、ほどよい醤油の風味。甘味は控えめだけど、塩辛すぎることもなくきれいにまとまった味だ。形も綺麗だし、作り慣れているのだろうか。
「おお、本当でござるか!? 良かったでござる! 拙者、すごく緊張したのでござる……!」
隣でほっと胸をなでおろす仙石君。私はほぼ初対面の男子の手作りのお弁当を食べるのに緊張していたけれど、彼は彼で緊張していたらしい。
「玉子焼き、上手だね」
「ありがとうでござる! 『流星隊』の現場ではお弁当を頂けるときもあるのでござるが、駆け出しの頃はケータリングが無い現場も多くて。お金もたくさんあるわけじゃないし、自分で作っていたら慣れちゃったのでござる」
「『流星隊』……」
仙石君はアイドル科だと聞いていたので、きっと彼の所属するアイドルユニットの名前なのだろう。でもその名前はぼんやり聞いたことがある程度で、私にとっては馴染みのある名前ではなかった。
「むむ? そういえば拙者、アイドル科の二年と名乗っただけで『流星隊』のことは話していなかったでござるな。拙者、『流星隊』の流星イエローとして、忍者の良さを広めるためにアイドル活動をしているのでござる」
そう言うと仙石君は自身のスマホを取り出し、『流星隊』の写真を見せてくれた。写真の中の彼はステージの上で手裏剣を持ち、かっこいいポーズを取っている。
……忍者。そういえばずっと私の中で引っかかって、聞きたかったことがある。
「仙石君は、……忍者なの?」
お弁当箱のから揚げに箸を伸ばしながら、単刀直入に尋ねてみた。
夢ノ咲のアイドル科の生徒は癖が強い人ばかりだって風の噂では聞いていたけど、正直ここまで癖が強いとは思わなかった。夢ノ咲出身のアイドルユニットで有名どころと言えば『fine』とか『Knights』とかだと思うけど、テレビで見る分には普通の人たちばかりだと思う。
仙石君と初めて話した時から、ずっとその言葉遣いに疑問を抱いていた。『拙者』とか『ござる』とか、まるで彼自身が忍者であるかのような話し方。およそ一般的な男子高校生らしくない話し方には、私だけでなく誰もが首を傾げるだろう。
彼は私に尋ねられるとまた顔を明るくして、次の瞬間には両手を組み合わせて忍者がよくやるあのポーズを取っていた。
「……! 一人前の忍者になるために、修行中でござる!」
「そうなんだ。もうすでに結構忍者っぽいけど」
「ほ、本当でござるか……!? スミレ殿からそう見えてるなら嬉しいでござるな……☆」
にしし、と照れ臭そうに頭を掻く仙石君。彼がどうして忍者にこだわっているのかは分からないけど、彼の嬉しいという言葉は本当なのだろうなと思った。
「……あ、あの、スミレ殿」
「うん?」
先ほどまでとは打って変わって、自信なさげに眉を下げる仙石君。
「良かったらその、拙者と、お友達になってほしいのでござるっ」
もじもじとした態度から、一気に言葉を言い切った彼。また急な、と返す言葉を考えていると仙石君の言葉が続いた。
「その、拙者……アイドル科に友達はできてきたのでござるが、恥ずかしながら他学科の友達はまだいないのでござる。スミレ殿と知り合えたのも何かの縁、これからもこうして会ってお話する仲になってはもらえないでござろうか?」
不安そうな顔で尋ねる仙石君。彼の言葉を聞いて、確かに私も他学科の友達はいないなと思った。
夢ノ咲は今年共学化したばかりで、まだまだ女子生徒は少ない。それに私は最初から夢ノ咲だったわけではなく今年転校してきたばかりだったので、友達ができるとなれば私にとっても嬉しいことだった。
「うん、いいよ。私も友達が欲しいなと思ってたし」
「本当でござるかっ? この前はポーチを拾ってもらえたのがありがたくてグイグイ話しちゃったけど、本当はウザかったりしてないでござるか?」
「えっ、ウザくなんかないよ、むしろ私も友達になってくれたら嬉しいよ?」
心配そうに言葉を掛ける彼だけど、なんだか今更なような……? そんな気持ちをぐっと呑み込んで返事をすると、仙石君はまた表情を変え、両手をばんざいの形で大きく上げた。
「うわぁい、やったでござる! スミレ殿が声楽科の友達第一号でござる……☆」
そう言ってニコニコと嬉しそうな表情を浮かべる仙石君。よく表情が変わるので、なんだか見てて面白い。
彼のことはまだ分からないことだらけだけど、素直な良い子なんだな、ということはよく分かった。アイドルの男の子と友達になるなんて初めてだけど、せっかく同い年のアイドルと知り合えたんだし、これから仲良くなれたらいいな。
太陽の下、彼の作ってくれたお弁当をもぐもぐと食べながらそんなことを考えていた。
2025/06/13